特別レポート

【早稲田ビジネススクール技術経営研究部会×サイコム・ブレインズ共催】2017年新春勉強会「日の丸製造業、課題と復活のシナリオ」

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ライター 岡田 陽子2017.02.08

2017年1月13日(金)16時〜17時
サイコム・ブレインズ本社研修室にて開催

1月13日、サイコム・ブレインズは早稲田大学ビジネススクール教授の長内厚氏を招き新春勉強会を開催しました。長内氏はソニーに勤務した後に経営学の世界に入り、早稲田大学ビジネススクールでは製造業に特化した経営戦略を教えています。勉強会のテーマは「日の丸製造業、課題と復活のシナリオ」。長内氏による日本の製造業における課題分析の後、イノベーションを促す人材育成についてサイコム・ブレインズの代表取締役社長 西田忠康氏より近年、シリコンバレーでも注目されている「デザイン思考」と呼ばれる手法について説明がありました。

コストか差別化か—日本の製造業は戦略を重視すべき


長内 厚氏
早稲田大学ビジネススクール
教授

長内氏はまず、技術よりも戦略が重要な例をいくつか挙げました。例えばAppleの「iPod」「iPhone」は戦略の勝利だと言います。特に携帯電話の常識を変えたと言えるiPhoneについては、「コスト構造はガラケーの方が複雑であり、コストは低い。それにも関わらず新しいイメージのものを出したところが大きかった」と評価します。

経営戦略では、コストで勝負するコスト戦略か、高価格ながら差別化を図った商品を提供する差別化戦略かのどちらかでなければ収益性が得られないと言われています。ですが、日本の製造業を支える総合家電メーカーの場合は、両方を追求しようとするために収益性が悪くなっている”Stuck in the middle”(中途半端)状態に陥っていることが多い、と長内氏は指摘します。

「日本製品なので、韓国や中国のブランドよりも良くなければならないという思い込みがある。一方で数を多く売ることも追求しようとしている」と長内氏、「日本企業が取るべき戦略としては、数を追わずに差別化をするか、コスト戦略かのどちらかにすべき」と提言します。差別化戦略の例としては、掃除機で知られるDyson、北欧の家電メーカーなどが例となります。なお、強力なライバルである韓国企業もこちらに入ると長内氏は言います。「韓国メーカーの欧米での戦い方を見ていると、地域に根付いて丁寧な商品開発を行い、高級な総合家電メーカーとしての地位を築いていった。コストリーダーシップで強くなった市場はない」と述べます。「その事実を無視して、韓国や中国(企業)は価格で勝負したから、日本は負けてしまったという認識のままだ」と警告しました。

長内氏は戦略が勝利に導いた成功例として、食品メーカーの戦略をヒット商品とともに解説しました。その一つが、ハウスウェルネスフーズの「ウコンの力」です。二日酔い予防を期待してよく飲まれるドリンクですが、機能性食品とはいえカテゴリは清涼飲料水—つまり、直接効果や効能をうたうことは出来ません。そこで、ハウスウェルネスフーズはラインナップを揃えたり、ボトルの形状を工夫して栄養ドリンク剤と並ぶようにしました。「機能があると訴えて売れた商品ではない」と長内氏、戦略が奏功したと言えるでしょう。

差別化戦略かコスト戦略かで、日本の電機メーカーが取れないと言われるコスト戦略についても、「日本企業だから安く作れないというのは、実は間違いでは」と長内氏は疑問を投げかけます。例えば、電機メーカーはハイエンド製品の生産ラインを見せませんが、食品会社の場合は逆だと言います。食品会社が同じ製品ラインナップで高価格帯の生産ラインは見せ、一番売れ筋である低価格帯の製品の生産ラインは見せない理由について、「生産技術が重要と考えるから」と解説します。食品だけではありません。自動車メーカーも国内で生産して国外に輸出して他者と競合している例があることなどから、「家電メーカーだけが日本企業だから安く作れないということはないのでは?」と問いかけます。

「差別化戦略を取るなら、差別化戦略をきっちり作る。コスト戦略で行くのなら、日本だから安く作れないというのは言い訳にすぎない。しっかり安く作ることが重要」と長内氏、戦略の重要性を強調しました。

戦略の他にも課題はあるようで、長内氏は「外部との協業」をあげました。例えば航空機メーカーの米Boeingはエンジン部分で様々なメーカーのエンジンを搭載できるような製造を行ってきたが、最近ではエンジンメーカーと組んで分業しながらも特定のパートナーと統合的に製造するという戦略に変わっているとし、「製造メーカーもエンジンメーカーも、自分たちの立ち位置、マーケットの状況を見据えながらモノの作り方を変えている」と流れを解説します。電機メーカーは概して「モノの作り方を変えるのは苦手」と指摘しました。

長内氏は課題を列挙するだけではなく、日本企業の成功例も示しました。ここでは、変化のなかったトイレ業界に新風を吹き込んだパナソニックのトイレ事業、製販一体での改革に挑んだマツダ自動車、「PlayStation 4(PS4)」で自社製チップから汎用チップを使うことでゲームのエコシステム活性を図ったソニー・コンピュータエンタテインメントなどがあがりました。

技術と戦略を分けて考える日本企業の背景にあるのは、文系と理系の壁だと長内氏は分析します。そして、「柔軟なものの捉え方やシステムや環境を全体で捉える手法や思考法が必要」とまとめました。そのような長内氏の言葉を受けて、サイコム・ブレインズの西田社長が紹介した新しい思考法が「デザイン思考(デザインシンキング)」です。

なぜデザイン思考?— ひらめきではない、ステップに基づくイノベーション


西田 忠康氏
サイコム・ブレインズ株式会社
代表取締役社長

これまで一般的だった「論理思考(ロジカルシンキング)」は因数分解のようにいくつかの事象を分解して最善の回答を得るというもので、「残念ながらそれだけをやっても新しい考えは浮かばない」と西田氏は言います。一方でデザイン思考は、「デザイナーではない人向けの発想法で、人の視点に立って生活を見たり、世の中の課題を見て、そこから何か大事なものを得ていこうというアプローチ」となります。技術そのもので秀でることが難しくなっており、人の生活を広い視点で見ることができるというデザイン思考のメリットも、この思考が重視されている背景にありそうです。デザイン思考を専門とするスタンフォード大学のd.schoolの他、イリノイ工科大学にもデザイン大学院があり、デザイン思考を用いるコンサルティングファームもあります。このところの関心の高さを示す動きとして、グローバルな経営コンサルティング会社によるデザイン思考のコンサルティング買収もあると言います。

デザイン思考はクリエイティブさが要求されますが、「思いつきではない」と西田氏は念を押します。実際、次のように5つの原則が確立されています。

  • 1) 顧客の経験に焦点を当てる
  • 2) システムとしてイノベーションを捉える
  • 3) 組織にイノベーションの文化を根付かせる
  • 4) 思いつきではなく、ステップバイステップ
  • 5) 自分自身のバイアスを意識して克服する

5つの原則すべてが不可欠ですが、例えば 2)では、Appleの「iPod」を例にとって説明しました。音楽プレイヤーという売り物だけでなく、構成、経験といった領域を見て、使っている人が簡単に音楽を整理できる点に着目し、これが成功につながる一因となります。おそらく当時、音楽プレイヤーを作成していたメーカーはどこも音響や性能を追求したと、西田氏はAppleの着眼点の違いを説明します。

また 4)では、「イノベーションのための101のメソッド」として、アイディアが生まれるためのツールがあることを説明しました。「”イノベーションとは発想力”と思われがちだが、イノベーションまでにはステップがある」と西田氏。サイコム・ブレインズが行うデザイン思考の研修でも、101のツールを使えるようになってもらうとのことです。

「主観を使って創造的に問題を解決するデザイン思考が重要になっている」と西田氏。技術よりも戦略が重要な時代の日本における人材育成の鍵を握る手法と言えそうです。

 (記:ライター 岡田 陽子)

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