-
今西 孝志
サイコム・ブレインズ株式会社
シニアコンサルタント
サイコム・ブレインズでは、2013年から海外赴任者の異文化マネジメント力の向上を目的として「海外赴任前研修1日公開講座」を毎月開催しており、これまで1600名以上の海外赴任者が本講座に参加しています。私自身も同講座の運営に携わって以降、多くの海外赴任予定者と研修でお会いしてきました。ありがたいことに、講座については非常に高い満足度のお声を頂いているものの、ある時、講座終了後に講師に対して漏らした「受講者の苦悩」が今でも忘れられません。本コラムでは、多くの海外赴任者を支援してきた我々が見ている赴任者の現状、及び日本本社が赴任者に実施して欲しい支援策についてお伝えしたいと思います。
「初めての管理職で、しかも部下は外国人…」気づいていますか?赴任者が抱えるマネジメントスキルに関する不安
日本市場の成長が見込みにくい今、海外市場にこれまで以上に注力していく、といった企業様のお声をよく聞きます。『第一回 EYモビリティサーベイ』(注1)では、コロナ禍以降でも海外赴任者の数を維持、もしくは増加させる意向の企業は76%となっており、実際に、当社の「海外赴任前研修1日公開講座」の2021年度の年間受講者数は過去最多となりました。2022年度はコロナ禍以降の滞留人材を一気に赴任させる傾向にあるのか、本講座の受講者数は更に増え続けており、赴任者への期待や果たすべき役割の重要性は今後ますます高まっていくことが予想されます。
では、本講座を受講される方のプロフィールは?というと、海外出張経験もない20代の若手から、海外赴任3回目の50代のベテランという方まで多岐に渡ります。講座中のワークや、講座終了後の個別質問を通して、多くの赴任予定・赴任中の受講生の方々の生の声を聞いてきましたが、基本的に海外赴任をポジティブにとらえている方々が多い中でも、ある日講師に対して質問した受講者の言葉は今でも忘れられません。
「今日の講座の内容はとても参考になりましたし、おそらく赴任後に役立つことは分かります。ただ、異文化マネジメント力以前に、基本的なマネジメントやリーダーシップに関して何も知らないので、不安がとても大きいのです。どうすればいいでしょうか。」
その方はまだ20代半ばで、国内での業務では部下を持つ経験はもちろん、マネジメントやリーダーシップに関して研修などで学ぶ、あるいは実務の中で経験する機会が全くなかったとのこと。しかし、赴任後は管理職としての立場になり、部下はほとんど外国人、更に自分よりも業務歴が長いベテランばかり。部下に適切な指示ができるのか、そもそも若い自分の指示を聞き入れてくれるのか。業務歴の浅い自分がベテランばかりの中で存在価値を発揮できるのか、チームをまとめられず空中分解してしまうのではないか、など、とても大きな不安を抱えている様子でした。
この受講者のように渡航前から苦悩している赴任者は、私が講座内で見てきたよりも実際はもっと多くいるのかもしれません。『海外赴任者に対する育成・支援の現状』(注2)によると、海外赴任後に「知識/能力不足を感じた」と回答した方は85.2%にのぼります。一方、「企業から赴任者への教育の機会提供はどの程度あるのか」というと、引っ越し関連や渡航先の情報提供については70%を超える企業が実施しているものの、語学研修や集合型赴任前研修は50%程度という調査結果が出ています(注3)。研修を実施する場合でも、前述の受講者の不安を解消できるようなマネジメントスキルに関する研修を行う企業は少ないようです。
研修が全てではありませんが、赴任者が現地でパフォーマンスを十分に発揮するためには、赴任前はもちろん赴任中にも、もう少し本社からの支援が必要だと考えます。
注1:『第1回 EYモビリティサーベイ』(EY Japan /2021年)
注2:『海外赴任者に対する育成・支援の現状』(産業能率大学 経営管理研究所/2011年)
注3:『「海外駐在員と帯同家族向けサポート」に関するアンケート』(駐妻カフェ/2019年)