-
小西 功二
サイコム・ブレインズ株式会社
ディレクター / シニアコンサルタント
ここ数年、ビジネスの世界で『顧客体験』というキーワードが注目されています。背景には、消費者ニーズの多様化、プロダクトライフサイクルの短命化、インターネットの普及に伴う提供者・消費者間の情報格差の消滅などがあります。
こうした背景を受け、「モノからコトへのシフト」を合言葉に、各社とも“製品サービスそのものの価値”ではなく、その“利用”を通じて顧客が得られる“体験やストーリー”、さらに言えば、一連の顧客体験を旅路に見立てた『カスタマージャーニー』に積極的に意味付けし、『体験価値』として訴求する傾向が強まっています。
そしてこの流れは、エドテック(EdTech:教育とテクノロジーを組み合わせた造語)の進展、デジタルトランスフォーメーション(DX)の広がり、そしてコロナ禍によるリモートシフトとも相まって、人材育成の領域にも押し寄せています。つまり、トレーニングの在り方は、「いかにして効果的・効率的に受講者に知識やスキルを身に付けさせるか」という提供者主体の『インストラクショナルデザイン』から、「いかにして学習者に意味のある学習体験を積ませるか」という『ラーニングエクスペリエンスデザイン(Learning eXperience Design:LXD)』へと進化と深化が求められているのです。
本稿では、クリスタル・カダキア&リサ・M・D・オウエンス著、中原孝子訳『ラーニングデザイン・ハンドブック 仕事の流れの中で学びを設計する』(日本能率協会マネジメントセンター、2022年9月)をベースに、人材育成ビジネスに実務家として携わる筆者の見解を加えながら、LXDについて解説していきます。
なぜ今、“LXD”が求められているのか
具体的なLXDの組み立て方、設計の方法論に入る前に、今、LXDが求められる本質的理由、時代の潮流を押さえておきましょう。
経団連会長が「終身雇用の継続が困難である」と述べたのが2019年の春。定年延長・再雇用が各社に浸透し、副業の解禁も広がりを見せるタイミングで、コロナ禍というVUCAな時代を象徴するような世界的パンデミックがビジネスにも大きな影響を及ぼしました。業績の悪化による休職や転職を余儀なくされた方も少なからずいたでしょう。
米国ではコロナ禍以降、自主的な退職者の人数が急増し始め、ついに2021年11月の単月の退職者は450万人を超えました。“The Great Resignation(大退職時代)”が世界に広まろうとしています。日本においても理不尽なキャリアの断絶や変更を自らが経験し、あるいは身近に体感する機会が増えた中、一人リモートワークの合間にふと自分のキャリアについて考えた方は相当数いらっしゃるのではないでしょうか。幸か不幸か、コロナ禍を経てキャリアに対する個人の意識の高まりは加速したと感じています。
一方で、会社側、人事部門側も、従業員のキャリア形成について、考えを改め始めています。終身雇用を前提にジョブローテーションを重ねながら、ゼネラリストを育成するという人材育成モデルが制度疲労を起こしているからです。ビジネスのフィールドがグローバル化し、時代の変化スピードが年々速まる中、求められる人材要件も目まぐるしく変化し、かつその要件も年々高度化しています。人材の流動性も高まっており、転職を一度も経験しないビジネスパーソンがマイノリティになる日も遠くないでしょう。
こうした文脈の中で、日本においても職務(ジョブ)を基軸に採用と育成を考える「ジョブ型雇用」が始まりつつあります。会社が従業員のキャリアを丸抱えで面倒見ることができなくなったのです。「キャリア自律」が叫ばれる中、「会社が用意する画一的な人材育成施策」の効果は低下しつつあると言えるでしょう。ゆえに、タレントマネジメントの重要性とその難易度はかつてないほど高まっているのです。