レポート

2016.08.03

ATD最新トレンドワードと日本のHRDのチャレンジ ~ATD国際会議2016レポート~

  • b! はてぶ
宮下 洋子 Yoko Miyashita
宮下 洋子 サイコム・ブレインズ株式会社
ソリューションユニット コンサルタント
ATD最新トレンドワードと日本のHRDのチャレンジ

今年のATD国際会議は、去る5月22日から4日間、アメリカのコロラド州デンバーで開催されました。世界92ヵ国から約1万200人が参加し、昨年を上回る盛況ぶりでした。サイコム・ブレインズから参加したコンサルタントの宮下が、現地で収穫した「人材開発の今後の方向性を示すキーワード」とともにレポートします。

2016年、人材開発における最新トレンドワードとは?

今回はじめてATD国際会議に参加してあらためて認識したことは、日本国内で開催される人事向けフォーラムとの違いです。日本の場合、研修やEラーニングなど人事向けサービスを扱うベンダーによるプロモーションの意味合いが強く、来場者は顧客という位置づけです。一方、ATDでは出展・出講する側も聴講者として来場する側も人材開発のプロフェッショナルであるという意識が強く、出講するには内容の革新性やエビデンス(主張の裏付けとなるデータ・リサーチ結果)の確かさについて、世界各国の人材開発プロフェッショナルで構成されたProgram Advisory Committeeの厳しい審査を通過する必要があります。今年の応募数は約9,000、倍率30弱の狭き門です。

もう一つ印象に残ったことは、各セッションのスピーカーたちが、自分の主張が人材開発の最新トレンドをふまえており、組織や個人が抱える課題を効果的に解決できることを積極的にアピールしていて、その中でいくつかの共通したキーワードを発信していることでした。そのキーワードは、「Personalization」、「Micro-Learning」そして「Millennials」の3つです。

キーワード1:Personalization

まず一つ目のキーワードは、学習の「Personalization」です。これは「Learner Centric(学習者中心主義)」に基づき、学習者のニーズにフィットした、個別化された学習が最適なタイミングで提供されることを意味します。Learner Centricは今年に限らず過去のATDでも提言されてきたことではありますが、今年はそれらを具現化した事例、およびその効果についての検証結果が数多く紹介されていました。

Learner Centric
学習者が学習の目的を明確に認識しており、かつ学習者の経験や理解度にふさわしい知識や指導が学習者の求めに応じて提供されることが、学習の成功の要因であるという考え。

atd2016 101 Ways to Expand Learning Beyond Your Classroom. -Elaine Biech- 私が参加したセッションのひとつ『101 Ways to Expand Learning Beyond Your Classroom』では、Personalizeされた学習経験を提供するために、目的に応じた学習メソッドの効果的な組み合わせについて膨大な数のパターンが紹介されていました。

またブース会場では、こうした個別性の高い学習を可能にするためのITツールを紹介するものが約半数を占めていました。学習支援におけるIT活用というと、Eラーニング教材を配信したり成績や学習履歴を統合管理するLMS(Learning Management System)をイメージする方も多いと思いますが、今回は従来のLMSのイメージを大きく超えるシステムが多く展示されていました。

たとえば今回のプラチナスポンサーであるAxonify社が提供するシステムは、独自の解析手法で、「学習者のパフォーマンスをより向上させる行動・スキルを特定し、対応するコンテンツを配信する」という、学習の最適化をするための機能を持っています。Degreed社の提供するシステムは、学習者があらかじめ関心のあるカテゴリーを登録しておくと、自分に適したコンテンツを選択・提供してくれる、いわゆるキュレーション機能が備わっています。またこのシステムは、学習者のFormal Learning(研修など)だけでなく、Informal Learning(MOOCsやYouTubeの視聴、書籍の閲覧履歴など)を統合的に把握する機能を持っています。これらの機能を活用することで、学習の個別性を高めるだけでなく、組織のラーニングカルチャーを促進する効果が期待できます。たとえば、学習者は組織の中のハイパフォーマーの学習経験をフォローしたり、今後どのような学習をすればよいかについてリコメンドを受けることが可能となります。またマネージャーは、部下のFormalあるいはInformalな学習経験を把握し、現場での実践の様子を観察し、システムを介してフィードバックを即座に送ることができます。

キーワード2:Micro-Learning

一つ目のキーワードであるPersonalization、つまり学習の個別化を可能にするのが二つ目のキーワード、「Micro-Learning」です。Micro-Learningとは、学習者が「自身にとって重要かつ不足しているもの」だけを効率的に学べるようコンテンツが細分化され、さらに「必要なときに」「好きな場所で」学習者の都合に合わせて手軽に学ぶことができる学習スタイルを意味します。類似のコンセプトとして「Bite Size Learning」「Snack Learning」といった言葉もあります。

Micro-Learningは学習の効率だけでなく、効果も高めるといわれています。例えば1トピックの学習時間を2分以下にし、集中して学ぶ時間を20分以下にすることで、集中力を維持し、記憶の残存率を高めることができる、という脳科学の研究もあります。

The Micro-learning Revolution Abold new model for developing organizational talent Rapid Learning Institute社CEOによるセッション『Micro-Learning Revolution』。Micro-Learningの有効性について、成人学習者の集中可能時間が短くなっている現状や、現場での応用のしやすさの観点から説明していました。彼らの提案する3週間の学習プロセス「Micro-Learning Cycle」は、学習した後現場で実践し、2日目・10日目・最終日の計3回のチームミーティングを設けるというものでした。他のセッションでも同様に「最初にインプット→その後はひたすら実践→合い間にコーチング(メンタリング/ミーティング)でサポート」というモデルが検証結果とともに紹介されており、新たな学習モデルとして定着しつつある印象を受けました。

キーワード3:Millennials

PersonalizationやMicro-Learningが人材開発のトレンドとして関心が高まる背景には、何があるのでしょうか。それを説明するのが、三つ目のキーワードである「Millennials」です。Millennialsとは、アメリカで1980年代から90年代に生まれ、現在20才から35才くらいの若者世代を指す言葉です。私が今回参加したいくつかのセッションの内容を総合すると、Millennialsは学習において次のような特徴を持っています。

  • テクノロジーへの感度やリテラシーが高い
  • 他人から与えられる学習には懐疑的
  • 自分のパフォーマンス向上に必要なことは自分が一番理解していると考える
  • 学習を自らデザインしようとする
  • 必要な学習が即座に得られるInformal Learningを好む
  • 学習の成果や実践した結果に対して迅速なフィードバックを求める
Informal Learning
個人の仕事のパフォーマンスに関連して、仕事上の文脈で起こる学習。個人や集団の活動や関心から発生し、企業側によるプログラムやカリキュラムとして体系化されていないため、「学習」と認識されないケースが多い。例としては、職場での会話や協働、顧客からの質問への回答、ベテラン社員の行動観察や模倣、オンラインによる情報収集や学習など。(ATD2016国内報告会 嶋村伸明氏の報告資料より)

2020年にはMillennials世代がアメリカ国内の職場で60%を占めるようになります。よって彼らに適した人材開発のあり方を考えることは、組織の持続的な成長とって非常に重要な意味を持ちます。

atd2016 The LeaderShift. How to Engage and Develop The Next Generation of Leaders Future Workpkace社によるセッション『The LeaderShift』。
今後5年間でベビーブーマー世代が大量にリタイアする中、リーダーポジションの後継者であるMillennials世代の人材育成が十分に行われていない現状を指摘。離職率の高いこの世代をリーダーとして育成し定着させるための、従来とは異なる人材開発の必要性を提言していました。

VUCAな環境下で学習・実践・フィードバックを高速で回すモデルへのシフト

確かに、Millennials世代の台頭は、PersonalizationやMicro-Learningの必要性、そしてそれを支えるテクノロジーの進化を後押ししています。しかし、人材開発のプロフェッショナルの根本的な関心事は、テクノロジーの活用を通して、学習の業務への移転(Transfer)とパフォーマンスの向上をより迅速に、より効果的に行うことあります。

この問題を考えるにあたって、今回のATDであらためて注目されていたのが「70:20:10のフレームワーク」です。

70:20:10のフレームワーク
アメリカの研究機関ロミンガー社が提唱したもの。学習の70%は仕事経験から、20%は他者からの助言、そして残りの10%は読書や研修によってなされるというもの。

今回私はPHILIPS、Walsh Group(シカゴにベースをおくゼネコン)、COCA-COLA AMATIL(オーストラリアの飲料最大手)といった企業における事例紹介のセッションに参加しました。各セッションに共通する主張は、「10、つまり研修のような単発のイベントによる学習だけでなく、70と20、つまり実際の業務経験や他者からの薫陶も含め、学習を統合的にデザインすべき」というものでした。

Learning as a daily habit PHILIPSの企業内大学Philips Lighting Universityの事例紹介セッション。日常的な学習と内省の促し、Micro-Learningコンテンツの構築、学習者によるネットワークづくりへのサポート、マネージャーの部下に対するコーチングへのサポートなど、Informal Learningを意図的に起こして継続させる様々な取り組みが紹介されました。

各セッションに共通する学習モデルは、短時間の学習後、すぐに実践させ、メンターやコーチが(時にITシステムを活用して)即座にフィードバックを与え、それに基づいて次の学習をデザインする、つまり「10→70→20のサイクル」を早くそして数多く回していく、というものです。

こうした学習モデルが先述の「業務への移転とパフォーマンスの向上」にとって有効なのは、毎日の実践が、自身・上司・周囲によって素早く評価され、即座に次の学習に生かされるため、VUCA (Volatility / Uncertainty / Complexity/ Ambiguity不安定で不確実性が高く、複雑かつ曖昧な状況)と表現される昨今のビジネス環境にあっても、最適な学習の選択が可能になるからです。

日本の人材開発プロフェッショナルへのチャレンジ

ここ数年提言されてきたコンセプトが具現化して、数多くの事例や検証結果にふれることがきた今回のATDですが、私は特にアメリカ系企業の人材開発プロフェッショナルが持つ、最先端のコンセプトやテクノロジーに対する敏感さ、そしてそれを素早く導入し知見化していくスピードに感銘を受けました。

一方で、トレンドの変化というのは本当に早く、日本でようやく浸透しはじめた「Learning Measurement & Analytics」(学習の効果測定と分析)に対する関心は、相対的に低くなりつつあるようです。それは関連セッション数の減少としても現れていました。これも先述の学習・実践・フィードバックを日常レベルで素早くまわしていくモデルへの移行が影響しているのではないでしょうか。このモデルの考え方に従えば、「効果を半年後・一年後に測らなければ有用性を確認できないようなトレーニングは、そもそもやるべきではない」という考えも成り立つからです。既にFortune 500の10%が、年1回の評価・等級付けを廃止してデイリーなフィードバックモデルを採用しており、2017年までにはそれが50%に及ぶと予想されています。

このような学習者および学習のあり方の変化を受けて、企業の人材開発部門、あるいはサイコム・ブレインズのようなラーニング・ベンダーは、「学習コンテンツの提供者」という位置づけから、「学習への主体性・エンゲージメントを高め、業務への移転を促進する役割」をより強く意識しなければならないでしょう。また講師の役割も、FormalとInformalを統合した学習のファシリテーターであるべきです。

ATDインターナショナルネットワークジャパンの副代表である下山氏いわく「ATDのトレンドが日本に入ってくるのは3年後」とのことですが、3年後の世界のトレンドは現在のトレンドとはまた違ったものになっているのかもしれません。ビジネス環境の変化、学習者の変化に対応するには、日本のベンダーとしても常に数年先を見据えた提言を行っていく必要性を感じる経験となりました。

RELATED ARTICLES