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レポート

2017.08.28

次世代リーダーの学びにおける「バーチャル」と「リアル」 のバランス ―ATD International Conference & Exposition 2017 レポート②

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江島 信之 Nobuyuki Ejima
江島 信之 サイコム・ブレインズ株式会社
取締役執行役員
次世代リーダーの学びにおける「バーチャル」と「リアル」 のバランス

サイコム・ブレインズの江島です。ATDの国際会議に参加するのは今回が初めてでしたが、過去に参加した人からは、「非常に大きなカンファレンスだから、自分なりのテーマを持って参加しないと、無駄に過ごしてしまうよ」と聞いていました。そこで、普段私が関わることが多いリーダーシップ開発の領域を中心に情報収集をしようと考え、その中でも特に「次世代経営者の育成を目的とした選抜型の育成プログラムは、今後どのように進化していくのか?」というテーマをもって参加しました。

Millennials(ミレニアル世代)と、学習における「バーチャル」と「リアル」のバランス

最初に、各セッションのタイトルなどから今年の全体的な傾向を探ったところ、たとえば「AI」のように、今後ますます注目されるであろうトピックもありましたが、全体としては「Microlearning」「Millennials」「Neuro-science」「Agile」といった言葉が目立ちました。実際、これらのキーワードはここ数年大きく変わっておらず、回を追うごとにコンセプトが具現化され、実践・実用した事例が積み重なってきている、という状況のようです。

そのような中で、次世代経営者の育成に関して今回非常に強く感じたこと。それは、「これからの選抜育成プログラムは、リアル(集合研修)とバーチャル(オンライン学習)のバランスを取りながら設計することが、ますます求められるであろう」ということでした。

次世代経営者の育成において選抜の対象になるのは、年齢層でいうと30代半ばが中心になるかと思いますが、Millennials(ミレニアル世代)がいよいよこの年齢層に入ってきました。この世代をいかにレベルアップしていくか。これは企業の人材開発において大きなイシューになっています。ITリテラシーが高いこの世代に適した学習スタイルとして、自分にとって重要かつ不足しているものだけを短時間で効率的に学べるMicrolearning、あるいは地理的に離れた学習者どうしがオンライン上でインタラクションを行うVirtual Classroomといった手法に注目が集まっているのも、こうした背景があります。

一方、今年のカンファレンスでは、Neuro-science関連のセッションでOxytocin(オキシトシン)という言葉が注目されました。Oxytocinは脳から分泌されるホルモンで、これが分泌されると相手への思いやりや信頼感が増し、組織の生産性を高めるといったことが期待されるそうです。オキシトシンがどのように分泌されるかは、まだ解明されていないことが多いのですが、たとえば握手をするなど身体的な接触、あるいはアイコンタクトや表情といった非言語のコミュニケーションもこのホルモンの分泌に影響するようです。

MillennialsやOxytocinの話題から私が考えたのは、「Millennialsの学習者の傾向をふまえて、MicrolearningやVirtual Classroomといった手法によって効率や効果を追求する流れの中にあっても、学習者どうしのリアルなコミュニケーション、あるいは体を使ったワークなどを通して、共感、信頼関係、組織の文化を構築するしくみは必要ではないか」ということでした。学習の場だけではなく、現場においてもメンバーとのリアルなコミュニケーションをすることの大切さを実感してもらうことは、ITに長けたこの世代だからこそ、特に意識するべき要素であると思います。

コカ・コーラ社の次世代リーダー育成プログラム

ATD国際会議でよくいわれるのは、人材開発におけるトレンドやそのコンセプトを伝えるセッションが多い反面、具体的な事例を知る機会は比較的少ないということです。今回もそのような傾向は感じましたが、その中でもコカ・コーラ社の次世代リーダー育成に関するセッションは、非常に具体的な内容でした。以下、同社の事例において私が特に注目したポイントをお伝えします。

Disruptive Design: Leadership Development for Transforming Industries
コカ・コーラ社と同社の次世代リーダー育成プログラムを担ったハーバード大学によるパネルディスカッション。2016年から2018年まで3年間をかけて実施される、現在進行中のプログラムについて、コンセプトからデザイン、実施まで、具体的な事例発表がなされました。

透明性の高い選抜プロセス
このプログラムへの参加者を選抜する方法は、これまでのキャリアパスや360度評価といった非常に透明性の高いもので、同社のタレントマネジメントシステムがグローバルで機能しているということがよく分かりました。日本企業における選抜育成でよくあるパターンとしては、人事部が過去の評価をふまえて意見することはあっても、基本的には事業部長が対象者を指名する、というものです。指名された本人も「自分より本来選ばれる人がいるはずなのに」と感じたり、選抜から外れた人も「なぜ自分は選ばれないのか?」と思ったりすることも少なくありません。外資系大手の選抜育成プログラムでは当たり前に行われていることが、日本はできていないことを、あらためて感じました。
修了後のキャリアパスに対する考え方
選抜プログラムを修了したメンバーが、必ずしも次の役職に就けるわけでもなく、これまでと同じ部署で今まで通りの仕事に戻る…というのは、日本企業ではよくあることです。これでは育成プログラムの位置づけが、通常業務よりも下に見られがちです。しかしコカ・コーラ社のプログラムでは、修了後のキャリアパスについてもしっかりと考えられています。もちろんすべての受講者が上位職に就くというわけではないようですが、プログラム修了後は、全世界の社員に対してリーダーシップ研修を行うトレーナーのポジションなどが用意されています。
バーチャルとリアルのバランス
このプログラムは、ハーバード・ビジネススクールで行われる集合研修からスタートします。ビジネススクールらしく、ケースメソッドによる演習を約2週間、延々と行います。科目はデザイン思考やリーダーシップなど一般的なもののようですが、集合研修の前にはMicro-learningを実施し、必要な知識をインプットしていることを前提として集合研修に臨みます。

集合研修の後は各国に戻り、Virtual Classroomによって集合研修だけでは不足する部分を補うための学習や、1対1のコーチングセッションを実施します。さらにグループに分かれ、リアルな場、バーチャルな場の両方でアクションラーニングを行い、最後はCEOに対して同社の今後のビジネスについてプレゼンテーションします。このようにバーチャルとリアル、両方の要素をプログラムに取り入れることによって、メンバーどうしや講師との信頼関係を構築しながらプログラムを進行している、とのことでした。
トップを巻き込んだ計画とAgileな進行
「選抜のプロセス」「バーチャルとリアルの組み合わせ」「修了後のキャリアパス」といった要素が非常によくデザインされた同社のプログラムですが、ここまでしっかり取り組めたのは、最初にトップとの議論をしっかり行えたことが大きい、とのことでした。実際、プログラムをスタートする1年前からトップへのインタビューに多くの時間を割くなどしているようです。

またこのプログラムのもう一つの特徴は、Agileな進め方です。3年間のプログラムだけに、すべてを最初の計画通りに実施するのではなく、実施しては検証し、都度修正しながら進めます。これは私の想像ですが、Microlearning やVirtual Classroomといった新しい技術の活用や、世界各国をまたいだオペレーションでは、それ相応の試行錯誤があったのではないでしょうか。

コカ・コーラ社の事例を通して、あらためてグローバルな育成施策におけるICT活用の重要性を再認識することができました。またリアルな学習とのバランス、経営トップの巻き込み、Agileなプログラム開発と進行といった、プログラムデザインやオペレーションにおけるポイントなど、私の今後の活動においても参考にできる知見を収穫できたセッションでした。

日本におけるラーニングのステータスを高める必要性を痛感

次世代リーダーの育成という今回のテーマからは離れるのですが、今回のカンファレンスにおいて、ベンダーの立場として強く感じたことがあります。それは、「我々のようなベンダーは、日本におけるラーニングの市場をより大きくする、企業内におけるラーニング担当者のステータスをより高くする活動をしていくべきである」ということです。

アメリカのラーニング市場の規模は約3兆円、それに対して日本は約5千億円といわれています。当然、人口による市場規模の違いもありますが、アメリカではラーニングに携わる人のプロフェッショナル意識が高く、そのポジションやステータスも高いといわれています。今回事例としてご紹介したコカ・コーラ社でも、選抜プログラム修了者のキャリアパスのひとつとして、グローバルリーダー研修のトレーナーというポジションが用意されていましたし、世界的にも有名なGEの企業内スクールであるクロトンビルでトレーナーを務めるような人は、非常にステータスが高い人なのでしょう。またこのような環境は、今回のカンファレンスにも出展していたLinkedInやAdobeのように、従来ラーニングを事業としていなかった様々な企業がラーニング市場に進出し、さらに市場が拡大していく土壌にもなります。

一方、日本のラーニング市場について誤解を恐れずにいうと、企業内でラーニングに関わる人のポジションやステータスは、それほど高いとは思えません(もちろん、そうではない企業もたくさんありますが)。コカ・コーラ社のように、現場のリーダーとして高いパフォーマンスを発揮できるであろう人材が社内講師として活躍し、相応のポジションとステータスが与えられている企業はどれだけあるのでしょうか。我々のようなベンターとしても、競合どうしで市場を奪いあうのではなく、ラーニングがもたらす価値をより高める、そしてラーニングの領域に関わる人たちが今以上にプライドをもって働ける環境を作っていくことが必要であると、強く感じました。

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