対談

2016.11.24

人と組織のあり方を通したブランディング ― スターバックスコーヒージャパン 堀江裕美氏

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西田 忠康 Tadayasu Nishida
西田 忠康 サイコム・ブレインズ株式会社
ファウンダー 代表取締役社長
人と組織のあり方を通したブランディング

商品やサービスに対する信頼、あるいは顧客にとっての価値を高めていく戦略としてのブランディング。その切り口は、商品・サービス自体のバリューだけでなく、それにまつわる歴史やストーリー、そしてブランドを支える人や組織のあり方まで、実に広範囲に及びます。今回はスターバックスコーヒージャパンのブランディングを牽引してきた堀江裕美氏をお迎えし、同社のブランディング活動やそれを担う人材の育成に対する考え方、そしてビジネスパーソンの「セルフブランディング」についてお話をお聞きします。

「パーソナライズされた体験」を通したブランディング

堀江 裕美 氏
スターバックス コーヒー ジャパン 株式会社
執行役員 マーケティング担当 堀江 裕美 氏
  • 西田 忠康
    堀江さんがスターバックスに入社されたのは2005年とのことですが、最初からブランディングのお仕事をされてきたのでしょうか。
  • 堀江 裕美氏
    スターバックスでは最初は広報からスタートして、その後すぐにマーケティングに移りました。マーケティングというと、いわゆる広告宣伝を中心とした公式なメディアを通して発信するのがメインの仕事と思われがちですが、前職のリーバイスでの経験を通して、ブランディングがマーケティングにとって非常に重要で、長期的でサステイナブルなビジネスを成長させていくための戦略そのものであることを学びました。そんなときにスターバックスからお話をいただいて。
  • 西田 忠康
    スターバックスがテレビCMをせずとも強いブランドを構築しているというのは、多くのビジネス書で知ることができますが、それはどのような考え方からなのか、あらためて教えていただけますか。
  • 堀江 裕美氏
    広告は認知を高めるには有効な手段ですが、今の時代はお客さまが何かを実際に体験することによってブランドが構築されて、その体験をお客さま自身がSNS等で簡単に発信・共有する世の中になっています。例えば広告ではすごく良いものに見えたのに、実際お店に行ってあまりよくなかったら、そのギャップが大きいほどがっかりしますよね。スターバックスは日本国内で現在1,200店舗あって1日に70万人のお客さまがいらっしゃいます。店舗での体験を通して一人ひとりのお客さまに気持ちよくなっていただくためには、広告宣伝よりも、やはり店舗パートナー(スターバックスでは社長を含む全社員をパートナーと呼んでいます)がスターバックスのブランドを理解して行動できるように、採用とか教育にリソースを投資した方がよい、という考えがブランド構築の基盤となっています。
  • 西田 忠康
    私もほぼ毎日スターバックスのお店に行きますが、パートナーの方がマニュアル的ではなく、それぞれのやり方で対応しているのは結構感じますね。厳格なマニュアルのもとにオペレーションを効率化している外食チェーンも多いですが、スターバックスのそういった対応の個別性みたいなものが体験の価値を高める、あるいはブランドを構築している、ということなのでしょうか。
  • 堀江 裕美氏
    そうですね。今の世の中はその個別性、「パーソナライゼーション」がキーになっていて、お客さまもそういうところにすごく敏感になっています。マニュアル化したホスピタリティには限界があって、一律的なサービスではお客さまが離れていってしまいます。例えば洋服を買いに行くときに「買う気満々」で行くときと、「ただ見ている」ときとでは、お客様の状態は全然違うわけです。店側はそれを察知して「あ、この人は本当に欲しいと思っているんだな」というときは話しかける、そうでなければ話さないとか。そういう判断をしていかないと、個々のお客様にパーソナライズされた体験は提供できません。スターバックスでも、放っておいて欲しそうなお客様には「こんにちは」とだけ言って、お出しするカップに「お疲れさまです」みたいなメッセージを書いたりします。それによって何が起こるかというと、お客様が喜んでくださるだけではなく、喜んでくれたという経験を通して、パートナーにも自主性が出てくるんです。誰かに言われてやるのではなくて、自分で見つけていく。そういったことが、最終的にはブランド構築に一番効いてくると思います。

そのブランドは何を約束しますか? ―自分で考えて行動する

堀江 裕美 氏
  • 西田 忠康
    「お客様の状態を察知する」といったときに、パートナーによってすごく世話焼きな人、あるいは反対にクールな人もいると思います。やはりそこは会社がある程度枠組みを設定して、教育をする必要がありますよね。今の若い人は「もっと細かく具体的な指示をしてください」といったように、真面目なんだけど受け身の姿勢で、仕事にもマニュアル的なものを求める人が結構多いと思うのですが、スターバックスではいかがですか。
  • 堀江 裕美氏
    スターバックスでは約3万人のパートナーが働いていますが、多くが大学生のアルバイトです。私の家の近所にある店舗で働いていた人たちの話なんですが、今年大学を卒業して就職して、お盆のときに6人くらいで私の家に遊びに来てくれたんです。そのときに上司の不満が出て、「教え方がイマイチなんだよねぇ。こうしなさい、ああしなさいって、全部指示しちゃうんだよね。スターバックスみたいに自分で考えなさい、お客様はどういう気持ちか察しなさいって教えてあげたい!」みたいな話をしていましたね。
  • 西田 忠康
    それは素晴らしいですね。
  • 堀江 裕美氏
    今の学生は「ゆとり世代」どころか、その後の世代ですよね。その世代の人たちがそんな話をしているんです。それを聞いてスターバックスの強みをあらためて実感しました。「もっと具体的に教えてもらわないとわかりません」というのは、指示するからだと思うんです。「こういうふうに進めてください」ではなくて、「このプロジェクトではこういうことを達成したいんだけど、どうしたらいいと思う?」みたいに、自分で考えさせるアプローチで根気よく導いてあげれば、決して受け身ではなくなると思います。
  • 西田 忠康
    そういったパートナーの育成において、堀江さんの担当するマーケティングの役割はどういったものなのでしょうか。
  • 堀江 裕美氏
    これは店舗パートナーだけではなく組織全体の話になりますが、ブランドというものは、それに関わるすべての人の言動に影響されます。ブランディングと直結しているマーケティングや広報だけでなく他部門、たとえば人事だってそうです。毎日パートナーを採用していますし、仮に採用に至らなくても今後もお客さまとして関わる方に接しているわけですから、お断りをする仕方とかもすごく重要で。その中でブランドをリードするマーケティング部門は、「このブランドは、お客さまに一体何を約束しているのか」というブランドプロミスを、フロントに立つ人も中の人も共通して理解してもらうことが、一番重要な役割だと思います。

自分自身のブランドを見つける

西田 忠康
  • 西田 忠康
    スターバックスがそうであるように、ブランドプロミスというものを理解して、自分で考えて、自分なりのコミュニケーションスタイルを作っていくと、それは結果として自分自身のブランドの構築、いわば「セルフブランディング」につながると思うのですが。
  • 堀江 裕美氏
    そうですね。自分を理解すればするほど、自分の表現方法が分かるようになると思います。例えば大きな声を出して「おはようございます!」というのがその人らしい場合もあれば、反対にシャイな人は大きな声ではなく、微笑みながら落ち着いた声であいさつした方が、その人らしさが出て、周りの人もそれを心地よく感じるのだと思います。
  • 西田 忠康
    「自分を理解することが必要」というのは、誰もが共感するところだと思います。一方で、「自分らしさ」みたいな言葉が重荷になって、自分の強みや良さを見つけられずに悩んでいる人、焦燥感を抱いている人も多いのではないでしょうか。堀江さんだったら、そういう人たちにどんなアドバイスをされますか。
  • 堀江 裕美氏
    私の場合でいうと、周りから「空気を明るく元気にする」と言われていますが、それも含めて「私が皆に約束できるもの、私のブランドプロミスって何だろう?」と分析をしますね。「家族と仲が良くて誠実に向き合っているので、仕事にも誠実に向き合いたい」というのが自分のバリューの根底にあります。そのうえでなりたい自分を思い浮かべてみたり、それとマッチした自分の表現方法を考えて、紙に書いたりします。ブランドプロミスを起点に考えることが難しい人には、逆方向の分析の仕方もあると思います。例えば雑誌を切り抜いて、自分のイメージする人や好きな人を選んでいくと、自分が好きと思うもののパターンが分かってきて。そうすると単に「この服が、この髪型が好き」ということだけではなく「私はキャリアをめざしたい」みたいなビジョンが見えてきます。そしてそのビジョンに近づきたいのであれば、何が強みで、何を大切にしていて、何が課題なのかが見えてくると思います。
  • 西田 忠康
    我々は子どものときから、「あなたはここが良くないから直しなさい」みたいに言われることが多いですよね。だからこそ堀江さんがおっしゃったように、分析して言葉でディスクライブする、紙に書いてビジュアライズする、といったことを意識的にするのは非常に役に立つと思います。
  • 堀江 裕美氏
    そうですね。弱みにフォーカスしてそこを直そうとすると、強みに気づくことができずに、その強みを発揮する入り口を失ってしまいます。例えばカジュアルなブランドがプレミアムな商品を出して本来のキャラを失ってしまうみたいに、「ここが弱いからここを強くしよう」ということにフォーカスしているうちに、本来の強みが失せてしまうこともあると思います。やはり自分のキャラクターを理解して、強みにフォーカスして、その強みを生かして自分の理想に近づくにはどうしたらよいかを考えたほうが、セルフブランディングになりますよね。

リーダーの邪念は、全部見破られている

堀江 裕美 氏
  • 西田 忠康
    企業の人材育成に関わっている者としては、リーダーの育成とか、リーダーシップをいかに発揮してもらうかといったことに常に関心があるわけですが、リーダーの人にとってもセルフブランディングは重要ですよね。
  • 堀江 裕美氏
    重要だと思います。これまでたくさんの素晴らしいリーダーにお会いしてきましが、最終的に私がとても尊敬できるリーダーは「言動が一致している人」ですね。「皆の前ではあんなにきれいなことを言ってるのに、やってることが全然違う」と分かると、途端にがっかりさせられますよね。もちろん全員がパーフェクトな人間ではないので、自分のキャラや強み・弱みを理解していて、それに正直に向き合って、誠実に人に接しているかが大切だと思います。
  • 西田 忠康
    表向きはポジティブで印象がよくても、実際の行動が伴っていないと、そのギャップが大きいほど部下は落胆しますよね。
  • 堀江 裕美氏
    そうですね。それに「勇気をもって原点に戻れる」ということも大事だと思います。組織の中で「政治的にこういうふうにしないとバランスが取れない」みたいな状況になっても、最終的にはお客さまの視点や会社の理念に戻って、中長期的なディシジョンメイキングができる人。これは私が実際に接した人の話ですが、「こういう施策をしよう」と皆でワイワイ・ガヤガヤ、1か月くらいかけて議論してきたにもかかわらず、最後には「うーん…でもこれって、お客様喜ぶかな?」とか言って、その人の提案で始まったことなのに、結局やめたんです。でも、これってすごく勇気のある行動ですよね。
  • 西田 忠康
    組織の中にいろんな事情があるとして、それだけに意識を向けていると顧客は離れていくでしょうし、それこそ築き上げてきたブランドを傷つけてしまったら意味がありませんよね。対外的なことだけではなくて、組織の中での信頼、部下からの信頼も損なってしまいます。
  • 堀江 裕美氏
    下の人って絶対見ています、そういうところは。「これって上が怖いからそう言ってるんでしょ」みたいに、全部ばれていると思った方がいいです。リーダーの邪念は全部見破られています。
  • 西田 忠康
    リーダーのセルフブランディングも、人や組織のあり方がどうあるべきかという点では、企業や商品のブランディングとまったく同じ話なんですね。
  • 堀江 裕美氏
    おっしゃる通りです。ブランドって不思議なもので、目に見えない努力みたいなものが本当は見えている。今の時代は組織の中にいる人がSNSでいくらでも発信できます。組織の中で嘘や不誠実な部分があって、それは外からは見えていないと思っても、中からばれていきますから。
  • 西田 忠康
    リーダーとして自分のブランド、つまり「自分が周囲に約束すること」と、「組織の事情」との間にギャップがあって悩んでいる人は多いと思います。そういった方たちに対して、堀江さんご自身の経験からどのようにアドバイスしますか。
  • 堀江 裕美氏
    私自身の経験でいうと、前職の会社とスターバックス、いずれもアメリカのブランドで広報やマーケティングに関わってきましたが、どちらかというと失敗のほうが多いんです。前の会社で広報から急にマーケティングのトップになったときも、ほとんどの部下は私よりマーケティング経験が豊富で、彼らの話す言葉もよく理解できずに信頼してもらえなかったり、本社の人に「彼女は駄目だ」って言われたり。2年間くらいはもう何回悔し涙を流したか分からないくらい、本当に辛かったんです。でも、そういう時期に読んだ本とか、参加したセミナーとか、出会った人たちからもらった星のように輝く言葉があって、それらが今の自分をサポートしてくれています。人間って一回成功してある程度のステージに立っても、常に成長しなくてはいけないですし、ブランドもそのプロミスを果たすうえでは常に努力し続けなければなりません。なので今苦労している人が目の前にいたら、「こんな大きなブランドでこんなすごいことをした」とかいう伝え方ではなくて、「私自身がどう奮闘してきたか」ということを共有したいですね。
堀江氏と西田氏

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