対談

2017.01.25

日本のBUKATSU(部活)とビジネスカルチャーの関係性 ― 社会学者 トーマス・ブラックウッド氏に聞く

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西田 忠康 Tadayasu Nishida
西田 忠康 サイコム・ブレインズ株式会社
ファウンダー 代表取締役社長
日本のBUKATSU(部活)とビジネスカルチャーの関係性

皆さんは学生時代に部活動を経験しましたか? 学生時代が遠い昔となってしまった人も、部活に励んでいた頃のマインドや行動が今でも染みついていて、仕事に対する考え方、あるいは上司や部下に対する接し方に影響している人も結構多いのではないでしょうか。部活はスポーツや芸術を学ぶ場でありながら、同時に私たちの自己認識や対人関係の作り方、そして会社組織のような集団の価値観に大きく影響しているようです。今回は東京国際大学の教授で教育社会学が専門のトーマス・ブラックウッド氏をお招きして、日本の部活動がビジネスにおける私たちの考え方や行動にどのように影響しているのか、深く考察してみたいと思います。

高校球児が学んでいる、「野球以外の何か」

トーマス・ブラックウッド (Thomas Blackwood) 氏
トーマス・ブラックウッド(Thomas Blackwood) 氏
東京国際大学 国際戦略研究所 教授 / 博士 (社会学)

アメリカ出身。シカゴ大学(東アジア研究学 学士)、ミシガン大学(日本研究 修士)を経て、2005年ミシガン大学にて博士号(社会学 博士)取得。専門は教育社会学。中でも日本の高校野球への強い興味・関心から、高等学校における課外活動、いわゆる「部活」の教育的役割について研究を行っている。2008年から2012年まで東京大学社会科学研究所の准教授、2012年から2014年まで「MITジャパンプログラム」(マサチューセッツ工科大学の学生を対象とした日本の企業・研究所へのインターンシップ)のプログラム・マネージャーを務めた。現在は東京国際大学、学習院大学などで教鞭をとる他、学術雑誌『Social Science Japan Journal』および『Japan Forum』 の国際編集委員を務めている。
  • 西田 忠康
    そもそも、アメリカ人であるトーマスさんが日本の部活動、それも高校野球に関心を持ったのは何故ですか?
  • トーマス・ブラックウッド (Thomas Blackwood) 氏
    私が初めて日本に来たのは、1986年の夏でした。当時私は高校生で、千葉市内でホームステイをしていました。夏は高校野球が盛り上がる時季ですよね。野球で有名な市立船橋高校のグラウンドの脇をたまたま通ったときに、野球部が練習をしていて、大きなかけ声が飛びかっていたのが印象的でした。大学生になってからも、毎年夏になるとアルバイトをしに日本に来ていたのですが、甲子園のテレビ中継はよく見ていましたね。そういった意味で、野球部への興味関心は研究者になる前から既にありました。
  • 西田 忠康
    確かに高校野球は日本の夏の風物詩ですし、メディアの取り上げ方も海外の人には特異なものに見えるかもしれませんね。その後、研究者として日本の高校野球をテーマにされるわけですが、そのときの問題意識はどのようなところにあったのでしょうか?
  • トーマス・ブラックウッド (Thomas Blackwood) 氏
    野球部に限った話ではありませんが、アメリカの学校でスポーツをしている生徒は割と態度が大きくて、いわゆるイジメっ子的な人も多いのに、日本の高校球児はあいさつとか礼儀作法がしっかりしています。この違いが私には非常に不思議で、教師や監督に聞いてみると、多くの人が「日本の部活は教育の一環なんだよ」というんです。そこで、野球部に教育的な役割があるとすれば、野球の技術以外に何を教えていて、何を学んでいるのか、社会学的に考察してみようと思ったんです。
  • 西田 忠康
    実際の研究はどのような方法で行ったのですか?
  • トーマス・ブラックウッド (Thomas Blackwood) 氏
    最初は現役の野球部員、OB、監督、コーチなどを対象とした観察やインタビューが中心でした。簡単にいうと「野球部でどんなことを学びましたか?」といった質問をしていくわけです。この調査でわかったことは、多くの人が「野球部で活動をすることが、対人関係のスキルや人格形成に役立つ」と強く信じていることでした。ただ、これは野球部だけを対象とした調査であって、「他の部活と比べてどうなのか」「部活をしていない人と比べてどうなのか」がわからないと、考察としては不十分です。そこで次に、文化部を含めた野球部以外の部活、そして部活をしていない人も含めて、約4000人の高校生を対象にアンケート調査を行いました。
  • 西田 忠康
    4000人とはかなり大規模ですね。その調査では、どのような成果を得ることができたのでしょうか?
  • トーマス・ブラックウッド (Thomas Blackwood) 氏
    多くの人は部活の教育的効果を感覚的に認めていると思いますが、これまで実態調査にもとづく統計はほとんどなかったので、この調査はそれを客観的に証明できたと思います。「部活を通して学んだこと」として「礼儀」「根性」「協調性」「集中力」といった各項目を集計して、全体的な学びの度合いの大きさ比較してみると、結果としてはラグビー部が1位で野球部は2位なのですが、野球部はどの項目においても上位にランクインしていて、運動部の中でもとりわけ教育的な性格を持っていることがわかります。運動部と文化部の比較では、たとえば吹奏楽は運動部の平均値に近いですが、全体として運動部は文化部よりも学びの度合いは大きいです。また部活に入っていない人よりも部活経験者の方が「感謝の気持ち」や「礼儀」といった価値観を大事にしていることがわかりました。
  • 西田 忠康
    一般的に言って、運動部は文化部と比べると練習時間が非常に長いですよね。全国大会に出るような強豪校でなくとも、早朝や土日にも練習しますし、夏休みになれば合宿をして、朝から晩までずっと練習しています。そういった状況から考えると、礼儀作法や協調性といった対人スキルも、先生や仲間たちと一緒に長い時間を過ごすことで身につくのではないでしょうか?「運動部の方が学びの度合いが大きい」というのは、この時間の長さも関係していて、日本における部活動の特徴だと思うのですが?
  • トーマス・ブラックウッド (Thomas Blackwood) 氏
    アメリカの高校にもクラブ活動はありますが、「体を鍛えるため」とか「放課後の趣味・娯楽として」といった要素が強いです。秋に入学して何かのクラブに入っても、春になればまた別のクラブに移ります。なのでずっと同じ仲間といるわけではなく、指導者もその都度変わります。「仲間と一緒にいる時間が長いほど学びの度合いが大きい」というのは一概には言えませんが、日本の部活の方が人間関係が濃密といえますね。スポーツの技術は自分で調べることもできますが、礼儀作法や協調性といったものは先輩や同級生のマネをすることで身につく部分も多いので、同じ仲間と一緒にいる時間の長さは、対人スキルの習得に大いに関係していると思います。中には日本のそういった教育のあり方を保守的、あるいは軍隊的と批判する人もいますが、それが良いか悪いかは別として、日本の部活動は教育的な役割を持っていて、しかもそれが非常によく機能しているといえます。

「自分から仕事を探しなさい」の意味が分からなかった

  • 西田 忠康
    今日は「教育的な役割を持った部活動」が、日本のビジネスカルチャー、人や組織のあり方に対して、どのような影響を与えているかを考えてみたいと思います。私は学生時代、テニス部に入っていました。そこでは全員が練習するにはコートの数が足りなくて、後輩はコートの外で先輩の練習を見学したり、ラケットを素振りしたり、あるいは球拾いをする時間が長かったように思います。こういった、いわゆる「下積み」とも呼べる行為が後輩の重要な役割であるという考え方は、日本の企業組織においても大きく影響していると思います。
  • トーマス・ブラックウッド (Thomas Blackwood) 氏
    「後輩は先輩の背中を見て学ぶべき」とか、「単調なことでも率先してやって、チームをサポートすべき」みたいな価値観は、企業の中でも強いですし、特に運動部を経験した人は、この考え方や行動がよく身についています。私は研究者になる前に、日本とアメリカの両方でサラリーマンを経験したのですが、日本の会社に入ったばかりの頃に、上司から言われて理解できなかった言葉があります。それは、「何もすることがないときには、自分から仕事を探しなさい」というものです。日本の会社には、「仕事を探す」という文化があると思います。上司や先輩、同僚のために何かできることはないか、気を利かして動くというか。
  • 西田 忠康
    「気が利く」ことは、日本ではポジティブに評価されますよね。「空気を読む」なんて言葉もありますが、きわめて日本的な表現かもしれません。
  • トーマス・ブラックウッド (Thomas Blackwood) 氏
    上司から「仕事を探しなさい」といわれたとき、新入社員の私は何をどうすればよいか分かりませんでした。今でこそ、その時の私は完全にKY(空気が読めない人)だったと理解できるのですが。でも、外国人はみんなKYかもしれません。空気を読めといわれても、そもそも育ってきた環境、空気が違うから読めないんです。一方で、日本の部活動では、言われたことだけをやるのではなく、自分から動くということを学びます。たとえば先輩のミスでボールが遠くにいってしまったときにも、後輩がそれを走って取りに行って「先輩すみませーん」って渡しますよね。そういう腰の低さも大事です。
  • 西田 忠康
    「謙遜こそ美徳」みたいな?
  • トーマス・ブラックウッド (Thomas Blackwood) 氏
    そうですね。ここで大事なのは、そういう価値観が日本人のDNAに備わっているのではなくて、それこそ部活動やいろんな経験を通して学んで、後天的に身につけている、ということなんです。社会学ではそれを「社会化」と呼びます。
  • 西田 忠康
    昨今は日本の企業もグローバル化が進んで、日本人も海外の拠点に赴任したり、日本の本社では多くの外国人社員が働いています。日本人マネージャーからすると、外国人のスタッフが期待通りに動かないことにストレスを感じている人も多いようです。トーマスさんのいう「社会化」は、子どものころから時間をかけてなされるものですよね。外国人、しかも成人した後の人が、日本人と同じように考えて行動できるようになることは難しいし、学習可能なことだとしても、相当な時間がかかりますよね?
  • トーマス・ブラックウッド (Thomas Blackwood) 氏
    その通りだと思います。なので、これからの日本企業が部活的な価値観・考え方で凝り固まってしまうと、やりにくい場合も多いと思います。「先輩・上司のいうことは絶対」みたいな価値観の中では、たとえば「地方の支社に単身赴任して欲しい」と会社からいわれて、本心では嫌でも仕方なく従う人の方が多いかもしれません。「日曜は子どもの学校の運動会に行きたい」と言えず、上司や取引先とのゴルフを優先する人もいるでしょう。これが日本企業においては“Good Worker”の意味するところであったわけですが、しかしこれからは、このGood Workerの意味を捉え直さないといけない。そうしないと、多様な価値観をもつ外国人の能力を活かしたり、女性の活躍を推進することは難しいでしょう。女性が働きにくいとすれば、少子化の問題も解決できないですし、国としての損失にもなります。
  • 西田 忠康
    ある特定の価値観や規範に対して順応できることが、ビジネスパーソンの評価に結びついているとすれば、多様化している今の時代では、働きにくさ、生きづらさにもつながります。それでも最近では、評価のあり方もパフォーマンス重視で、公平・公正なものになっていると思うのですが。
  • トーマス・ブラックウッド (Thomas Blackwood) 氏
    確かにそうですね。しかし現場レベルで見たときに、それが多様性の尊重につながっているかどうかについては、疑わしいと思います。会社が作った評価のシステムや客観的な指標はあるかもしれませんが、評価する側の上司が持っている価値観や主観は、職場の人間関係に影響します。長時間の残業もこなしてくれる、新人や若手社員の面倒を見てくれる、飲み会やゴルフに付き合ってくれる…といったことが、部下の人間的な評価になっている部分もあると思います。一方で、そういった部分は評価せずに、完全に個人のパフォーマンス・業績で評価すると、売上のことしか考えず、若い人たちの面倒を見ない社員も出てくるかもしれません。そうなると、日本企業の良さであるチームワークが弱くなってしまうわけで、難しいところですね。

一人ひとりに根性があれば、会社は成長できる?

  • 西田 忠康
    日本企業の組織は、チームワークやまとまりの良さというポジティブな面を持ちながらも、中には「同調圧力」みたいなものを強く感じている人も多いと思います。建設的な批判であっても自分の意見が言いにくいとか。これもやはり部活動の影響が強いのでしょうか?
  • トーマス・ブラックウッド (Thomas Blackwood) 氏
    特に運動部の場合は、上下関係を尊重するため、先輩の言うことをあまり批判できない環境です。私が授業を担当している大学でもそうですが、日本の学生は議論をしていてもあまり批判してくれないんですよね。批判するという発想自体がないんです。これは教育としての部活動が大きく影響している部分だと思います。
  • 西田 忠康
    なるほど。一方で、それは「理不尽なものへの耐性」と評価することもできますよね。伝統的に運動部出身の学生が就職活動で有利といわれるのも、この部分にあると思います。グローバルな環境でのビジネスに必要な要素として 「レジリエンス(変化やダメージに柔軟に対応して成長につなげる力)」という言葉もあります。部活動はこのレジリエンスの育成に役立つでしょうか?
  • トーマス・ブラックウッド (Thomas Blackwood) 氏
    レジリエンスが単に「根性」という意味であれば、部活動を通して個々人のレジリエンスは身につくと思います。しかし、会社としてレジリエンスを備えた組織であるためには、もっと柔軟にならないとダメだと思います。一人ひとりにいくら根性があって我慢強くなっても、我慢だけでは企業は成長し続けることはできません。時代の変化についていく必要があるわけですから。そういう意味で、部活動がレジリエンスに良い影響を与えているかどうかは疑問です。たとえば野球部が「昔からこのやり方でやっていて、そのやり方について誰も疑問を持たない、誰も意見しない」という組織だったら、個人がどれだけ根性を身につけても、組織的には大きく変わることはないですね。それが良いか悪いかはまた別の問題ですが。
  • 西田 忠康
    確かに、レジリエンスの意味が「変化に対する柔軟性」を含むものだとすれば、個人がレジリエンスを身につけるためには、組織の側も柔軟な考えをもって個人と向き合う必要がありますよね。トーマスさんの研究活動の中で、保守的な性格を持った部活という組織が、これから少しずつでも変わっていくような、そんな兆候は見られるのでしょうか?
  • トーマス・ブラックウッド (Thomas Blackwood) 氏
    「変わる必要はない」と考える指導者も多い中で、10年前くらいから「野球部も柔軟性を持つべき」と考える監督も出始めていることは確かですね。一方でそこには非常に興味深い構造があって、いくら監督が「今の時代に体罰なんてもってのほか、時代に合った指導をしたい」と考えていても、むしろ子どもの親の方が保守的で、「ちゃんと教育して欲しい。必要であれば体罰をしてもよい」という考えを持っていたりするわけです。私が知っている企業の中には、「野球部出身者しか雇わない。礼儀正しくてちゃんと動いてくれるから」というところもあります。組織を変えるなら、組織のコミュニティを考えないといけない。部活動なら生徒の親まで、企業なら社員だけでなく顧客のことまで、将来の社員となる若者のことまで考える必要があると思います。
  • 西田 忠康
    多くの日本の親たちが、そして多くの日本の企業が、今もなお部活動の教育的な役割に価値を感じていて、その価値の継続を望んでいる。一方で、これからますますグローバル化・多様化する環境の中で、それに対してどのように組織を変えていくのか。同時に日本人の礼儀正しさとか、空気を読んで周囲をサポートするとか、そういう良い部分とのバランスをどのように取っていくのか。考えていく必要がありますね。
トーマス氏と西田氏

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