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地紙 厚
サイコム・ブレインズ株式会社
執行役員
皆さん、こんにちは。サイコム・ブレインズの地紙です。私はグローバル人材の育成や、日本人の異文化適応力向上のためのプログラムに携わっています。また、タイの現地法人であるサイコム・ブレインズUBCLの責任者を務めており、タイをはじめ東南アジアにおける日系企業の人材育成のサポートにも注力しています。今回のレポートでは、ATD2015で得たことをお伝えしながら、私が日々の活動で感じている人材育成における課題、そしてそれに対するソリューションについて考察したいと思います。
Learning Engagementという視点
ATD2015の展示会場の様子。世界各国の人材育成やタレントマネジメントに関わる企業や団体が様々なソリューションを紹介する場です。300以上のブースがあり、回りきれないほど。写真はリーダーシップ開発で有名なThe Ken Blanchard Companies(右奥)と、弊社も人材育成で活用しているリーダー人材のパーソナリティアセスメントで有名なHogan Assessment社のブース(手前左)。
私は今回、グローバル・タレント・ディベロップメント、リーダーシップ開発、セールススキル開発、モバイル・ラーニングなど、様々なテーマのセッションに参加したのですが、複数のセッションで繰り返し聴かれた共通のキーワードがありました。それは「Learning Engagement」という言葉です。
Engagementというと、タレントマネジメントの分野では「Employee Engagement(従業員が意欲的に働けるような仕組みを作り、会社と従業員の双方が満足するようにすること)」の意味でよく使われますが、今回のATDでは「学習者が意欲的に学ぶことができるようにする」といったような意味合いで「Learning Engagement」という表現をしている場面がたくさんありました。
今回参加したあるセッションでは、同じ研修プログラムでも「上司から指示されたから研修に参加している」みたいな”やらされ感”のある状態と、「学ぶことに喜びを感じている」状態とでは、研修で
得られるものの質や量に大きな隔たりがあるという研究結果が報告されていました。サイコム・ブレインズがタイで実施している研修でも感じることですが、タイ人も楽しみながら学ぶことを非常に重視しているようで、みっちりと真面目に受講する傾向が強い日本人との違いに戸惑いを感じたことがあります。当社のアメリカ人の講師も、真面目一辺倒ではなく楽しみながら集中力を高めて学ぶことの大切さを日頃からよく口にしており、Learning Engagementの考え方に通じるものを強く感じます。また、Engageのためには組織とメンバーが目的を共有することが重要であるといわれています。その観点でいうと、まずは受講者とその上司が研修の目的を十分に共有すること。そして受講者は習得したことを業務で実践し、より高い成果を出すこと。そうすることによって会社・上司・受講者本人がwin-winになるような学びの機会をつくることができるのだと思います。研修の企画と実施を支援する立場にいる人間として、研修実施前に組織の中で目的の共有をしっかりしていただけるよう、その重要性をお伝えし、サポートしなければという思いを新たにしました。
バーチャル・クラスルームの活用
American Cancer Society, Inc. Celia Shore/ Felicia Montgomery バーチャル・クラスルームの実施を現実のものとするための様々なITツールの紹介がありました。こうしたツールをその機能や特性に応じて使いこなすことで、遠隔地にいる参加者がグループワークに参加できるようになります。
今回、学習者がネット上の仮想空間に集まって学ぶ、いわゆる「バーチャル・クラスルーム」の活用における成功事例を聴くことができました。それはアメリカのACSという医療分野のNPOが実施した、マネージャー対象のリーダーシップ強化プログラムの事例でした。
その団体の人材開発部門は、各地にいる多忙なマネージャーを集めて研修することが難しくなってきたことを背景に、バーチャル・クラスルーム方式を採用しました。研修担当者は大枠のスケジュールとフェーズ毎の到達目標を決め、Webinar(ウェブを使ったセミナー。「Web」と「Seminar」を組み合わせた造語)でキックオフ・セッションを開催した後、数名ずつにグルーピングされた受講者に研修の運営を委ねます。
受講者には講義のオンデマンド配信やバーチャル・クラスルーム運営のためのシステム、受講者間の情報交換や助け合いを促進するSNSが提供されます。受講者たちは自己学習に取り組みつつ、グループメンバー全員が参加できる日程を決め、バーチャル・クラスルームでディスカッションやエクササイズを行います。バーチャル・クラスルームの活用によって、集合研修の場合に発生する移動コストがかからないだけでなく、グループ学習のスケジュールを受講者自身が設定することで、「仕事が忙しくて研修を休む→休んだ部分をキャッチアップできない→他の受講者についていけないかも知れない→参加意欲が失われていく」といったネガティブな状態に陥るのを回避できたそうです。
研修実施の主導権を受講者に
上記の事例では、研修実施の主導権を受講者に渡すことによって、受講者が主体的に学ぶ姿勢が生まれ、さらにはグループのメンバーどうしがSNSで情報交換したり助け合ったりすることで、落伍者が出ないようになったとのことでした。また、研修全体の期間を長めに設定して、受講者が余裕をもって日程を設定できるように配慮していることも、成功の要因であったようです。学習者の意欲や研修への関与度合いを高めるという意味では、こうしたバーチャル・クラスルームによる学びもLearning Engagementにおける手法のひとつであると言えるのではないでしょうか。
日本では人材開発部門がしっかりとスケジュールを組み、事前学習→集合研修→フォローアップといったようなプログラムで学ぶスタイルがまだまだ主流のように思います。アメリカや中国のような広大な国とは違い、日程を決めて受講者を一堂に集めることが比較的容易であることが背景にあるのかもしれません。しかし、昨今の職場環境では限られた人員でオペレーションを行っており、マネージャーが多忙で研修を休まざるを得ない場面が増えているようです。また、海外拠点のマネージャー層や経営幹部候補の育成ニーズも増えていることから、今後は日本企業の研修でもバーチャル・クラスルームのようなITを活用した人材育成が増えていくと思われます。サイコム・ブレインズにおいても、近年はオンライン配信による映像講義を活用した反転授業型の研修など、新しい学びのスタイルをご提案していますが、こうした海外の先端的な試みを参考にしながら、より効果的なソリューションを提案していきたいと強く感じました。