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座談会

2017.05.19

地方が持つ、 本質的なダイバーシティとリーダーシップのあり方

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宮川 由紀子 Yukiko Miyakawa
宮川 由紀子 サイコム・ブレインズ株式会社
シニアコンサルタント
地方が持つ、 本質的なダイバーシティとリーダーシップのあり方

安倍内閣が掲げる政策の一つである地方創生。東京への一極集中や地方の人口減少を解消して、国全体の活性化を図ることがその目的です。しかし、特に都会で暮らしながら日々忙しく働くビジネスパーソンにとっては、どこか他人事のようで、自分の問題として考えることが難しいのではないでしょうか。今回は、自立的かつ持続可能な地域づくりを目指す町村が集まって発足したNPO、「日本で最も美しい村」連合の高橋氏・依田氏をお迎えし、地方が抱える問題の本質について、次世代の企業経営・将来の日本経済を担うリーダーが地方から学ぶべきことなど、様々な角度からお話を伺います。

「日本で最も美しい村」連合とは?

高橋 弘之 氏
高橋 弘之 氏
山形県飯豊町 総務企画課 特別政策室 室長
NPO法人「日本で最も美しい村」連合 事務局長(2015年4月~2017年3月)

1968年神奈川県川崎市生まれ。日本大学法学部卒業。半導体メーカーで4年間の営業職に従事した後、妻の実家がある山形県飯豊町にIターンを決意。1994年山形県飯豊町役場に入庁。観光、公共交通、人事などの職務を担当し、2014年総合政策室長に就任。2015年4月より2年間、NPO法人「日本で最も美しい村」連合に出向し、事務局長に就任。連合に加盟する町村と共に、日本の農山漁村の景観や環境・文化を守り、地域資源を生かしながら美しい村としての自立を目指す運動を行う。
依田 真美 氏
依田 真美 氏
相模女子大学 学芸学部 准教授
NPO法人「日本で最も美しい村」連合 資格委員

東京都中央区生まれ、神奈川県茅ヶ崎市育ち、東京都港区在住。津田塾大学卒業後、翻訳者を経て、クレディ・スイスに就職。証券アナリストとして、日本の産業・企業分析を手がける。その間に、企業派遣でMITスローン経営大学院で修士号を取得。その後、格付機関スタンダード&プアーズにて、東アジアの事業法人、自治体、公的機関格付部部長や証券化本部長を歴任。2009年にかねてから関心のあった地域活性化に取り組むため、北海道大学の博士後期課程にて観光学を学ぶ。2012年にSanca Process Designを立ち上げ、参加型の地域戦略策定や組織活性化にも取り組んでいる。

NPO法人「日本で最も美しい村」連合

フランスで1982年に始まった「フランスで最も美しい村」運動をモデルとして2005年に設立。加盟自治体が自らの町や村に誇りを持って自立し、失ったら二度と取り戻せない美しい景観や伝統文化を守りつつ、将来にわたって美しい地域であり続ける運動を行っている。2017年5月現在63の自治体が加盟している。

  • 宮川 由紀子
    サイコム・ブレインズの宮川です。
    私は東京で生まれ育って、現在も東京で仕事をしています。仕事や旅行を通して地方に行くことも時々ありますが、地方の現状や課題については、恥ずかしながらこれまであまり深く考えることはありませんでした。

    そんな中「日本で最も美しい村」連合の存在を知って、企業の成長や日本経済の将来を担うリーダーが、地方というものを通して学ぶことが必要なのではないかと考えはじめました。今回は基本的なところも含めていろいろ教えていただきたいと思います。
  • 高橋 弘之 氏
    山形県飯豊町から来ました、高橋です。
    現在は飯豊町役場の職員をしていますが、実は生まれ育ったのは神奈川県の川崎市です。東京の大学を卒業して大手電機メーカーの子会社に就職しましたが、23年前に妻の実家がある飯豊町に移り住みました。いわゆるIターンですね。

    飯豊町は「日本で最も美しい村」連合に2008年から加盟していますが、私は2015年の4月から2年間、東京にある連合の事務局に出向という形で勤務していました。
  • 依田 真美 氏
    相模女子大学の依田です。
    私は東京の築地で生まれて、神奈川の茅ヶ崎で育ちました。結婚してから現在までは基本的に東京をベースにしています。父の実家は長野にあったですが、中心街だったので茅ヶ崎よりも都会で、祖父母に会いに田舎に行くという感じではありませんでした。

    現在の主な仕事は、自治体と一緒になって地域活性化の戦略を立てたり、その実現に向けてアクションを取っていくための支援、あとは企業の組織開発のお手伝いもしています。「日本で最も美しい村」連合には、資格委員として関わっています。連合に加盟するには審査が必要で、加盟後も5年に1度再審査がありますが、そういった審査を担当しています。
  • 宮川 由紀子
    高橋さんにまずお聞きしたいのですが、「日本で最も美しい村」連合が設立された背景としては、どのようなことがあったのでしょうか?
  • 高橋 弘之 氏
    いわゆる「平成の大合併」が1999年頃から始まって、当時全国で約3,200あった市町村が現在では約1,700になりました。国や地方自治体の財政を健全化するために行われたこの合併ですが、合併して大きな市になって果たして良かったのか?というと、現状を見れば分かるように、逆に衰退してしまった自治体も多いわけです。

    連合が設立されたのは2005年で、市町村合併がまさにピークを迎えていた時期でした。その中で、現在のような状況になることをある程度見越していた町村もあって、「やはり自分たちがちゃんと自立して、持続可能な町村になっていかなければならない」ということで、北海道の美瑛町長の呼びかけによって、最初は7つの町村で連合を発足しました。
  • 宮川 由紀子
    現在は全国63の自治体が連合に加盟しているということですが、加盟するための審査や再審査では、どのような点をチェックしているのでしょうか?
  • 依田 真美 氏
    連合に加盟するためには、基本的な条件が3つあります。1つ目は「人口が1万人以下である」ことです。やはり小さい町村の自立を支援しようという目的があるので、そのような条件にしています。2つ目は、景観や文化といった「地域資源があること」です。景観は単に自然が美しいだけではなく、伝統的な街並みや里山といった「生活の営みによって作られた景観」であることが条件です。文化については、たとえば昔ながらの祭りや芸能、建築物といった有形無形の郷土文化があるかどうかを審査します。3つ目は、そういった景観や文化を維持するために「住民が主体的に活動していること」で、申請に際しては議会の承認を得ていることが必要です。この3つの条件がそろうと、加盟の申請ができます。

    申請を受けたら資格委員が実際に現地を訪れ、町村長がどんな思いを持っているか、実際に地域資源がどういった状態になっているのか、町民・村民の方たちがどういった活動をしているのか、一つひとつお話をうかがいます。そのうえで「美しい村」として加盟ができるかどうか、総合的な判断をして決定します。
  • 宮川 由紀子
    素朴な疑問なのですが、「自立した町村になること」と「景観・文化といった地域資源があること」。この2つはどうつながっているのでしょうか?
  • 依田 真美 氏
    2つのことは、まるで別々のことのように思えるかもしれませんが、実は深くつながっています。人の営みから生まれた農村の景観は、経済的に農林業が回っているからこそ維持されているのです。たとえば加盟町村である京都の和束町では、「宇治茶の親茶」というお茶を栽培していますが、お茶が高く売れるので、家の極まで茶畑が迫った独特の景観が守られています。地域の伝統的な産業が経済的に自立することで、景観が守られているのです。人が生活をしていない博物館のような村ではなく、人々の営みがある「生きている村」を守ることを、美しい村連合は大切にしています。

地方は「課題先進地」…決して他人事ではない

  • 宮川 由紀子
    今、安倍内閣が盛んに「地方創生」というメッセージを発信しています。東京への一極集中や地方の人口減少に歯止めをかけて、地方を活性化しようというのがその目的です。でも、私のようにずっと都会で生活していると、「少子高齢化が今以上に進んだら、そりゃあ大変だろうな」とは思えても、恥ずかしながらどこか他人事というか、自分の問題として考えることがなかなかできずにいます。そもそも私たちは、地方の問題をどのように捉えたらよいのでしょうか?
  • 依田 真美 氏
    少子高齢化はもちろん地方だけではなく、日本全体の問題です。その中で地方というのは、よく使われる表現としては「課題先進地」、つまり「日本全体がこれから迎えていく課題を、既に体現している場所」なんです。都会に住んでいる人が地方の問題を考えることの意味の一つは、自分たちがまさに直面しようとしてる問題に「今、触れることができる」ということなんだと思います。
  • 高橋 弘之 氏
    日本は2008年から人口減少の時代に入って、現在の人口は約1億2,000万人。その内、4000万人が地方の農山村部、言い換えると日本の国土面積の約80%を占める部分で暮らしています。日本の人口は2060年に8,700万人まで減少するという予測がありますが、農山村部の人口減少は都市部より早く進んでいます。なので近い将来、「地方の農山漁村の農地や森林の保全を、一体誰が担うんだ?」という状況に陥ってしまうかもしれません。
  • 宮川 由紀子
    基本的な質問ですみません。森林を保全しないと、どうなってしまうのでしょうか?
  • 依田 真美 氏
    森林の間伐などの手入れがされていないと、地面が固くなって、雨水や雪解け水が溜まらずに流れていってしまい、土砂災害が起こりやすくなります。いったん災害が起こると、道路が分断されたり、橋が決壊したりして、そこから復旧するのにものすごく時間がかかるので、ますます人口が流出してしまったり。
  • 高橋 弘之 氏
    日本は計画的な植林を昔からやってきました。森林に人が入って手入れをして、美しい森林と里山が保たれてきたんです。しかし、グローバル化社会になって、住宅用に安い輸入木材が使われるようになり、国内の林業が衰退してきたことにより、林業に従事していた人たちがどんどん山から離れ、山も荒れて、土砂災害が起こりやすくなる…といった悪循環が続いています。これはもう、「経済の仕組みそのものを変えていかないと、日本の国土を守ることができない」といっても過言ではない状況です。
  • 宮川 由紀子
    国土の保全がちゃんとできていないと、企業も経済活動ができなくなってしまいますね。
  • 依田 真美 氏
    植林して森を作って保全して…というのは、何十年・何百年という本当に長期的な営みです。住宅メーカーや消費者が高い国産材ではなく安い輸入材を選ぶというのは、短期的にはそれでよいのかもしれませんが、長期的あるいは国全体として見たときに、「もしかしたら、それは最善の選択じゃないのでは?」と立ち止まって考えることは必要だと思います。
  • 宮川 由紀子
    地方の問題を考えることは、日本の将来を考えることでもあるんですね。グローバル化の中で、企業もその中で働く人も海外に目を向けがちですが、まず自分たちの足元に目を向ける必要があると思います。最近は企業が社会貢献として植林活動を行うという話もよく聞きますが、そういった活動は長期的に森林保全に貢献できているのでしょうか?
  • 依田 真美 氏
    植林に必要なお金が企業を通して入ってきたり、都市部から植林に参加した人が、森林の問題を「自分事」として考えるきっかけになるので、その意味では大切な活動だと思います。ただ、国全体が抱えている森林保全の問題解決に対して、いったいどれくらいのインパクトがあるのか?というと、当然のことながら十分ではないというのが現状だと思います。