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サイコム・ブレインズ株式会社
アナリスト(評価者)ではなく、 「変化を起こす現場」 に行きたいと思った
――依田さんが金融機関や格付機関から地域活性というフィールドへ、ご自身のキャリアを大きく方向転換されたきっかけは何ですか?
世界の二大格付機関の一つであるスタンダード&プアーズ(S&P)を離れて違う世界に出た理由は、評価者でいることの限界を感じたからです。格付機関のアナリストとしては、日本や東アジアの大企業の経営陣の方々から戦略について直接お話を伺い、その内容をS&P独自の見解と合わせて分析し、企業の業績や財務体質の予測をするという仕事をしていました。それを最終的には企業の信用力に対する「評価」としてお伝えしますが、格付機関のアナリストは、企業に対して「アドバイス」をすることは禁じられています。なぜなら、アドバイスをしてしまうと評価対象である相手に影響を与えてしまい、中立性が失われるからです。「こんなことができるかもしれない」「もう少し関わりたい」と思っても、あくまで距離を置いて評価するしかありませんでした。もちろんやりがいもあって楽しい仕事だったのですが、実際の社会で起こっていることに対してインパクトを与えたい、何か変化を起こしていく現場に行きたい、と思うようになりました。
その時に、なぜ地域活性をテーマにしたかというと、日本の地方の魅力が引き出されていないことに個人的な課題意識があったからです。日本には四季があり、山・川・海もある。人々の教育水準もおしなべて高い。素材として魅力的なものをたくさん持っているのに、ヨーロッパの田舎と比べると、その魅力が十分に引き出されていない、すごくもったいない。まずはそこに変化を起こしたいと思って、観光の研究を始めました。観光というのは、地域の中の人と外の人、多様なステークホルダーが出会う場所です。地域の内外の人々を結びつける仕組み、知識を創造するイノベーションを生み出す場として観光というものを捉えることはできないかと考えました。
課題や変化の兆しに「自分たちで気づく」ために
――地域の活性化、あるいは組織の課題解決を支援するコンサルタントとして、依田さんが大切にされていることは何ですか?
観光振興をきっかけとして関わることも多いのですが、そもそも観光産業というのは、その地域に住んでいる人が幸せでなければ続かないし、そこに住んでいる人が幸せそうでなければ、訪れる人も楽しくありません。ですから、私が大切にしているのは、そこに住む人たちが幸せになるために「自分たちで知恵を出し合って考える」ことです。コンサルタントが調査分析をして答えを示すのではなく、まずは地域の人たちに集まっていただき、チームをつくって、彼ら彼女ら自身が勉強して、戦略をつくって実行していく。その「プロセス」を学んで欲しいので、そこに時間をかけています。
そこでの私の役割は、ファシリテーターです。プロセスを設計して、そのプロセスに皆さんに当事者として関わってもらう。自分で考えて、行動して、決めていくことができるようにサポートをしていきます。ただ、一旦プランができあがり、実行段階に入った時には、より具体的なアドバイスを必要とする場合もあるので、そういうときは事業実現のためのアドバイザーやコーディネーター的な役割もしています。
――地域の多様なメンバーが集まる議論の場で、ファシリテーターとしてディスカッションの質、アウトプットの質を高めることが求められると思いますが、そのためのポイントはどこにあるのでしょうか?
チャレンジするのに足るビジョンを思い描き、その実現のために新しいアイデアを生み出すためには、視野を広げ、視座を高め、新たな視点から現実を見つめる必要があります。なぜなら、いつもと同じ視野や視座から考えていたのでは、これまでの延長線上のビジョンやアイデアしか生まれないからです。そのために必要な体験や情報を得られる環境を作ることも私の役割です。目的に応じて、私自身が情報を集めて提供することもあれば、ゲストの方を呼んでお話を伺うこともあります。物理的に現場へ移動をして、参加者でフィールドワークをすることもあります。
提供する情報はテーマによりますが、地域のビジョンを策定するのであれば、人口推計など、明らかに実現する未来に関する情報に加え、社会のトレンドや技術に関する情報が大切だと思っています。AIやブロックチェーンなどの技術革新によって、社会や産業が大きく変化していくことを踏まえて考えないと、リスクにしても可能性にしても、限られた発想にとどまってしまうからです。また、自分たちの足元の変化の兆しに気づくことも大切です。ファシリテーターとしては、「それがどうして起こっているのか」「だとしたら、どんなリスクや可能性があるのか」を、メンバーが自分たちで気づいて深掘りしていけるようなプロセスを設計しています。
イノベーションが実現しないのは、組織を巻き込むことができていなから
――「越境型リーダー育成研修 in 飯豊町」ではFORTH Innovation Methodというイノベーションのプロセスを体験します。イノベーションのプロセスを体系化したものとしては「デザイン思考」がよく知られていますが、FORTH Innovation Methodの特長はどんなところにあるのでしょうか?
企業でイノベーションを起こそうとすると、どんなによいアイデアであっても組織の中で了解を得られない、ということが多々あります。イノベーションという言葉は使わなくても、新しい商品やサービスを作りたい、あるいは組織を変革したいなど、社内で新しい何かを創造したいのにそれが実現できない時には、その取り組みが組織の中でうまく位置づけられていないことも多いと思います。
FORTH Innovation Methodでは、デザイン思考のメソッドに加え、組織の中でイノベーションをどう位置づけていくかを具体的なプロセスに落とし込んでいます。これは開発者であるハイスの実務者としての経験に基づいています。さらに、イノベーション・プロセスを「探検」になぞらえて、5つのステップを示しています。
その最初のステップ「FULL STEAM AHEAD:全速前進でスタート」では、探検の成功に大切なのは入念な準備であることを指摘し、ミッションの定義や共有、イノベーションのためのチーム作りにじっくりと取り組みます。具体的には、
- イノベーションの使命は何なのか?
- 内部の依頼主は誰なのか?
- 理想のアイデア創出チームのメンバー構成は?
- どのイノベーションの実例を調査すべきか?
この項目を見ただけで、FORTH Innovation Methodが、いかにイノベーション・プロセスの組織内での位置づけを重視しているかがわかるでしょう。ともすると、イノベーション・プロジェクトは研究開発部門だけが担当すると思われがちですが、FORTHで推奨されているのは、混成チームをつくることです。よいアイデアを出すだけではなく、それを最終的に事業化するためには、役職者に適宜加わってもらったり、部門横断的に進めていくことを勧めています。
それに続く、「OBSERVE & LEARN:観察と学び」、「RAISE IDEAS:アイデアを出す」「TEST IDEA(アイデアをテストする)」で使用する方法は、一般にデザイン思考で用いられている方法ですが、FORTHでは随所に「どうやってステークホルダーを巻き込むか?」についてのノウハウが入っています。
――デザイン思考の要素に加えて「ステークホルダー・マネジメント」の手法が体系化されているのが、FORTH Innovation Methodの特長なんですね。
そうですね。FORTH Innovation Methodを開発したハイスがよく使う言葉に「Our Baby」という言葉があります。これが意味することは、イノベーションのプロセスを共有することで、生まれてくるアイデアが「あの人たちのアイデア」ではなく「自分たちのアイデア」になるようにするということです。そうした共有を実現しやすいように、それぞれのステップで誰がどのように関わるかも含めて、方法やタイムラインが細かく定義されています。また、こうしたプロセスを踏むことにより、結果として多様なメンバーによるチームビルディングやリーダーシップ育成が図られる、という特長を持っています。
いつもとは違う環境と人に触れて、気づきやヒントを得て欲しい
――「越境型リーダー育成研修 in 飯豊町」は、「地方を舞台に、組織を巻き込むイノベーションの進め方を学ぶ」というコンセプトで企画しました。実際にどのようなフィールドワークにしたいとお考えですか?
この研修では、FORTH Innovation Methodのエッセンスを「地方」という素材を通して体験します。それによって皆さんがご自身の会社で実際にイノベーションに取り組むときに役立つ、プロセスや手法のエッセンスを学んでいただくことを目指しています。
地方というのは「課題先進地」、つまり日本がこれから抱える課題がすでに出現している場所なので、そこでの課題に取り組むというのは、多くの日本の企業にとってメリットがあると思います。地方の実情は、東京のオフィスの中で働いているだけでは実感することが難しいので、現地を実際に訪問することで、たくさんの気づきやヒントを得られると思います。
この研修のもう一つの特長は、複数の企業が参加するということです。そのことにより、新たな自己発見もあるでしょう。自分では気がつかないうちに、自社の仕事のやり方や物の見方の癖がついているかもしれません。他社のメンバーとともにプロジェクトに取り組むことで、分野や立場を乗り越えて新たな文化や事業を創造していく、「越境型」のリーダーシップを育成することをねらっています。その点においても、FORTHが取り入れている組織的配慮の方法は、多くのヒントを与えてくれると思います。