Remenber(記憶)のための戦略:海馬とスキーマのはたらきを知る
Dr. Andreattaは「記憶」のための戦略として、次の3点を挙げています。
- ① スキーマ(感覚の束)を活性化させる
- ② 人との交わり、音楽、メタ認知などと結び付けて考える
- ③ 思い出す機会を設ける
この3点が意味するところを、私なりの解釈も交えながらご説明します。
① スキーマ(感覚の束)を活性化させる
あらゆる記憶は、様々な感覚が束として結合されたものであり、その束をおりなす特定の感覚のひもを引っ張れば、そのひもと結合した他の感覚、そして記憶全体がよみがえる、という特徴があるとのこと。これはスキーマ(Schemas)と呼ばれ、このスキーマを活用すると、ある感覚がきっかけとなり、記憶したことが効率よく思い出されます。
皆さんは、ある「におい」がトリガーとなって過去の記憶がよみがえる、という経験をしたことはありませんか? 私の場合、「薪が燃えるにおい」は、「親戚の披露宴」を思い出させます。その披露宴はある別荘地で行われたのですが、宴の最中に外の空気を吸いたくなり庭に出たところ、近所から暖炉か薪ストーブと思われる、薪の燃えるにおいがしたことを強く記憶しています。そのときに感じた空気の冷たさや空模様まで、今でも鮮明に記憶しています。
このスキーマのはたらきを、トレーニングに意識的に活用できないでしょうか?トレーニングを受けた後、その内容を記憶する、あるいはトレーニングでの経験を思い出す。それをこれまでより効果的に行う。そのために、五感に訴えかけるような「仕掛け」をトレーニングにふんだんに盛り込み、トレーニング後も意図的に記憶を蘇らせることができたら、非常に有意義ではないでしょうか?意識的に特定のBGM、香り、色を、記憶を刷り込みたい場面で使用するなど、様々な工夫の余地がありそうです。
② 人との交わり、音楽、メタ認知などと結び付けて考える
これも①のスキーマのはたらきに着目した戦略といえるでしょう。私自身、過去に受講者として参加したトレーニングを振り返ってみると、人との交流の機会が多いもの、あるいはトレーニング中に音楽が用いられているものは、強く印象に残っています。あるトレーニング、それは困難な状況を皆で協力して乗り越える体験が盛り込まれたものでしたが、一緒に受講した人たちは全員社外の方々ですが、今でもたまに食事をすることがあります。このような機会も記憶を呼び覚ますものです。
メタ認知についてはご存知の方も多いと思いますが、これは「メタ(高次元)のレベルで自分の思考や行動を認識すること」、もっと簡単にいうと「自分の思考や行動を客観視できること」です。これはトレーニングの領域ではすでに活用されていて、Dr. Andreattaはその具体的な例として、「内省」や「AI(Appreciative Inquiry: 組織の真価を肯定的な質問によって発見し可能性を拡張させるプロセス)」を挙げています。
③ 思い出す機会を設ける
脳科学的にいうと、「記憶」は、Short-term memory(短期記憶)とLong-term memory(長期記憶)に分類されます。短期記憶を長期記憶に置き換えるのは、私たちの脳内の「海馬」と呼ばれる部分です。Dr. Andreattaは、海馬の働きを「風景の一瞬を捉えるカメラ」と表現していましたが、この海馬のはたらきによって、秒単位や分単位の記憶である「短期記憶」(例としては、Semantic Memory:事実や概念の記憶や、Episodic Memory:出来事や体験についての記憶など)から、生涯にわたり残る「長期記憶」に変換される、と考えられています。ただし、この海馬のはたらきは、最大でもわずか20分間程度しか持続しないそうで、長時間学習しても記憶が定着しにくいのは、この「海馬」が効果的に働いていないからなのです。
より良く記憶するためには、学習内容をあまり大きなまとまりのまま学習しないことが重要なようです。「海馬」が効果的に機能する時間が20分間以上持続しないのであれば、1つのコンテンツを20分以下にする必要があります。その意味では、近年注目されている「マイクロラーニング」は、コンテンツが数分という短時間で構成されること、そして学習後の適切なタイミングで振り返りを促すために活用できることから、脳科学的には非常に合理的であるといえます。