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宮下 洋子
サイコム・ブレインズ株式会社
ソリューションユニット コンサルタント
5月19日から22日までワシントンD.C.で開催された、人材開発プロフェッショナルたちによる世界最大級の国際会議、ATD 2019 International Conference & Exposition。世界各国から約13,500人が参加しましたが、アメリカ国外からの参加者は、昨年の2,500人よりやや少なく2,300人。その中で最も多かったのは韓国の369人。日本はカナダに次ぐ3番目で、227人でした。まずは毎年最も多くの注目を集める基調講演と、その中で発信されたメッセージについて、皆さんに共有したいと思います。
Be Your Truest Self in Service of Others ――「世界で最も有力な女性」の人間味とシンプルなメッセージ
カンファレンスのオープニングを飾る基調講演のスピーカーは、アメリカで次期大統領候補といわれている、Oprah Winfrey 氏です。彼女は貧しい黒人家庭に生まれながら、テレビ司会者、俳優、雑誌編集などエンターテイメント業界で成功するとともに、これまでに推定250億円にもおよぶ寄付を行った慈善活動家です。「世界で最も有力な女性」と称され、昨年のゴールデングローブ賞で「もう二度とMeTooと言わなくてもよい時代へ」とスピーチし称賛を浴びました。
『Be Your Truest Self in Service of Others』と題した今回の基調講演で、彼女は南アフリカで「Leadership Academy for Girls」を立ち上げた経験などを通して、
- 自分が常に“Truth Seeker”(真実の探求者)であること
- 直感に従い「次に何をすべきか」を自分自身の心に問いかけ、その通り行動し、自分自身を最大に発揮するようにすれば、いつだって素晴らしい仕事ができること
- 「be of service」であること
- 「How and What can I be used in service?」をいつも考えること、
…が重要性であると、シンプルかつ力強い言葉で語りました。
彼女のリーダーシップは、昨年のオバマ前大統領の基調講演で感じた、「理想や信条に基づいて粘り強く周囲を巻き込んでいく」ようなものとはまた違い、人間味があって、パワフルなオーラがあって、自分たちに寄り添ってくれるようなものでした。彼女のようなリーダーを米国が求めているのは、世の中が複雑さを増し、“正しい選択”をする難しさを感じている今、「もっとシンプルによりよい世界を目指していきたい」という、人々の心情の現れなのかもしれません。
目指すゴールにたどり着く方法がわからなくても、周りにその旅に参加させ、前に進もうとするリーダーが必要だ
Seth Godin 氏は、デジタル時代のマーケティングに関する数々の世界的ベストセラーの著作で知られ、「Thinker 50 (最も影響力のある経営思想家)」 にも選出されたマーケティング専門家です。Godin氏による基調講演『Dancing on the Edge of a Revolution』では、はじめに、“Development”とは、学校教育のように「もっと学べ」と強制する“Education”とは違い、「自らそうしたいと選ぶもの」であること、また「変えたいと思う人々のために見せる、惜しみない粘り強さ」であると語りました。
またGodin氏はリーダーシップについて、
- 同じようなものばかり増えると顧客にとっての価値は下がるから、「同じことができる人」を大量につくっても意味がない
- 「Magicalなこと」や「重要な感情」を与えられる人、変化のドライバーとなる“wired(変な)人”だけが、価値が落ちることのない“Art”になる
- だから目指すゴールにたどり着く方法がわからなくても、周りにその旅に参加させ前に進もうとするリーダーが必要だ
と語りました。彼の言葉は今回のATD全体を通して感じた、時代が求めているリーダーの要素を総括するものだったように思います。
人は、自分自身より大きいなにかの一部になりたい
今年のATDの最後の基調講演。スピーカーは、グラミー賞の獲得実績もある作曲家・指揮者で、世界58ヵ国2051人によるバーチャル合唱団のYouTube動画が580万回以上再生されている、Eric Whitacre氏です。彼のスピーチ『Creativity and Connection』は、おそらくここ数年のATDで最も盛り上がったものの一つではないでしょうか。
Whitacre氏は、バーチャル合唱団の動画ができるまでのストーリーを、ユーモアを交えて話します。そもそものはじまりは、Eric Whitacre氏がYouTubeで少女が自分の曲を歌う動画を見たところから。Whitacre氏は「同じテンポ、速さ、キーで歌ってくれさえすれば、バーチャルなコーラスが作れるのでは?」とネットでアイデアを発信。そのアイデアに反応した世界中の人々が動画を投稿したはいいものの、それをどうしたらよいかがわからず、ネット上で助けを求めたところ、若いデジタルエンジニアが「これこそ自分が欲しているプロジェクトだ!」と協力を申し出て、映像が形になっていきました。
「人は、自分自身より大きいなにかの一部になりたい」
合唱団はソロパート以外はオーディションはなく、誰でも参加できるようにしたことを振り返って、彼はそのように語りました。1人のイノベーティブなアイデアが、大勢の人の心を強く動かし、困難を乗り越えて挑戦させようとすること。また音楽や映像のような五感への刺激は、国や個人のバックグラウンドを越えて大きな共通の感動を生むこと。そしてテクノロジーは使い方次第で、今まで誰も想像しなかったようなまったく新しいことを成し遂げることができる、その可能性とパワーを強く感じました。彼の言葉は、物理的な交流が希薄な現代社会において示唆に富んでいると感じました。
講演の最後は、ワシントンD.C.の合唱団がステージに登場。彼の楽曲「Fly to Paradise」を、背景に映し出された世界各国8,420人のバーチャル合唱団とシンクロさせながら大合唱し、その圧巻のパフォーマンスは、今年のATD国際会議のクロージングを大いに盛り上げ、オーディエンスは大きな拍手とスタンディングオベーションで讃えました。