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川⼝ 泰司
サイコム・ブレインズ株式会社
取締役
今年のATD International Conference & Exposition 2017(略称:ATD ICE 2017)では、400近い数のセッションが開催されました。どのようなテーマが語られていたのか、セッション数の多い順にトラックを俯瞰してみると、Learning Technologies (42)、Leadership Development (40)、Instructional Design (38)、となっています(カッコ内はセッション数)。ここ数年は同様のテーマが常に中心となっており、取り上げられるテーマの傾向に変化はないようです。さらに、各セッションのタイトルを中心にテクノロジー関連のキーワードを拾ってみると、今年は以下のようなトピックスに集中していることがわかります。
キーワード | セッション数 |
---|---|
Microlearning | 9 |
Mobile Learning | 10 |
Curation | 5 |
Adaptive Learning | 4 |
Gamification | 10 |
Virtual Classroom | 9 |
Neuroscience | 10 |
ATDのCEOであるTony Bingham氏が初日の基調講演の前に登壇する、恒例のオープニングスピーチ では、今年はトレンドのキーワードとしてMicrolearningを取り上げました。このため、今年は特にMicrolearningが脚光をあびる形になりましたが、セッションにおいてはGamificationやVirtual Classroomも同程度の盛りあがりを見せていたことになります。
また、Neuroscience※1 はテクノロジー関連とはいえないかも知れませんが、「幸せホルモン」といわれるOxytocin(オキシトシン)※2 が果たす様々な役割に注目が集まったのも、今年の特徴といえます。なおMicrolearning関連のセッションに関して言えば、1月にLas Vegasで開催された「ATD TechKnowledge 2017」で発表されたものと同一内容のものが複数あり、この点に関しては、残念ながらあまり鮮度が高くない印象がありました。
Microlearningが意味するものは?
前述のように、Tony Bingham氏は今年のキーワードとしてMicrolearningを取り上げました。彼はまずGoogleを引き合いに出し、Googleを使うと必要な知識が瞬時に得られるが、これもMicrolearningの一つの例であると語りました。そして実際の導入例として、IBMを含む二つの事例が紹介されました。中でもIBMの考え方は、教育コンテンツの「経時的な鮮度の劣化」および「即時提供の必要性」というIBMが抱えていた二つの課題を解決するためにMicrolearningは必然であった、というものです。そして手間をかけずに制作できる利点のあるビデオコンテンツをMicrolearningに適用している、という内容でした。
この事例紹介に続いて、TonyはMicrolearningが普及するために重要な役割を果たしているのはモバイルデバイスであると説き、Microlearningで小さな学びを繰り返すことにより脳が活性化されると説明しました。そしてMicrolearningの効用については、学習を通して社員のエンゲージメントを高めると同時に、コスト削減にも寄与すると語っています。また、Microlearning導入のステップについては次のように説明しています。
<ACTION STEPS FOR MICROLEARNING>
- ・Think forward
- ・Think outside the classroom
- ・Be agile in your learning design
- ・Keep content short
- ・Address technology and security needs early
- ・Get your leaders’ support
この内、コンテンツの長さについては、ATDの調査では2分から5分がちょうど良いという人が59%だということです。またMicrolearningのデリバリー方法としては、ビデオが1番多く使われており、ビデオの効果は文字に比べると6万倍見込める、とも語りました。最後は、Generation Z※3 は世界で20億人に達し、1日14.5時間もネットを使うためMicrolearningとの親和性が高い、という話と絡めて、Microlearningの推進を聴衆に呼び掛けてスピーチを締めくくりました。
現代人の学習行動は、短時間集中型にシフトしているといわれており(逆にいうと長時間の学習に対する集中力が持続しない)、仕事の忙しさなどもあってMicrolearningのような手法が支持される環境ができあがっているのは事実です。そうした中でのTony Bingham氏の話は、Microlearningの全体論として、その効用や導入手順などをコンパクトにまとめており、大変分かりやすかったものの、長さやフォーマットといった形式的な部分ばかりを強調しすぎていたようにも感じます。実際、コンテンツの長さについてはさまざまな説がありますし、コンテンツの内容とも絡むので、一概に長さを定義できるものではありません。むしろMicrolearningの本質的な意義は、業務と直結した学習機会の提供により、個々人のパフォーマンスを最大化することにあります。今回のATD ICEにおいても、Microlearningの導入による学習成果をいかにして業務パフォーマンスや効率化につなげていくか、といったセッションが多く開催されましたので、以下にそれらの一部をご紹介したいと思います。
Content CurationとMicrolearning
Microlearningをテーマとしたいくつかのセッションでは、コンテンツをどう作るか、つまりコンテンツの生成を中心とした議論が活発だった一方で、その対極であるContent Curationのセッションも人気を集めていました。今回のATD ICEでは、Curationに関しては5つのセッションがありましたが、本稿ではその内の2つについてご紹介いたします。
一つ目は“Beyond E-Learning”などの著書で日本でも有名なMarc Rosenberg博士による“From Content Creation to Content Curation: An Emerging Critical Role”です。タイトルからも読み取れるように、「コンテンツは作るのではなく、集めればいいのだ」という主張です。Rosenberg博士は、インストラクショナルデザインの分野でPh.Dを取得しており、組織学習、ナレッジマネジメントからパフォーマンス開発までを専門とされている方ですが、今回のセッションも期待にたがわず、内容の濃いものでした。
結論から言うと、Curationのゴールはナレッジマネジメントにあり、質の高いコンテンツを集め、的確に必要な人に必要なタイミングで届けられるようにする、というものです。これは博士が著書“Beyond E-Learning”で説いているInformal Workplaceで活用するInformation Repositories の概念を、より具体的、実践的に説明しているものと理解でき、最終的なゴールはナレッジワーカーのパフォーマンス向上にある、ということです。
では実際にContent Curationをどのように進めるのかというと、博士はContent CurationのステップをAggregation(とにかく集める)、Distillation(抽出する)、Elevation(重要なものを選別する)、Mashup(複数から一つの価値を作る)、Chronology(時間順に配列する)の5段階とし、良いコンテンツの条件として、正確性、信ぴょう性、信頼性、包括性、価値、利便性、鮮度など、全部で11項目を挙げていました。
博士が以前説いていたInformation Repositories の概念は、Microlearningの話で時々出てくるMicrolibraryに通じるものがあり、「必要な人が的確なタイミングで利用でき、コンテンツそのものが使いやすいこと」という博士の話は、まさにMicrolearningが実現しようとしている世界観そのものといえます。結果として、CurationとMicrolearningは概念的に密接につながっていると気づかされたセッションでした。
次にElearning Guild のExecutive Vice PresidentであるDavid Kelly氏による“How to Curate: Putting Curation into Practice for Learning & Development”についてご紹介いたします。Kelly氏は、インターネット時代になり情報があふれかえるようになり、必要な情報を上手く取り出す技術が必要である、という観点からCurationの必要性と有用性を説いています。そしてDigital Curationもすでに実行段階に移行しているものの、定義自体がまだ明確になっていないとしつつ、方法論としてはレーティング(例としてアマゾンやfacebookなど)、アルゴリズムによる解析、人的なキュレーション作業を挙げ、まだまだ完全な機械化はできていないと語りました。
Curationのステップとしては、Rosenberg博士が使っている用語とは微妙に異なるものの、ほぼ同じ意味合いでAggregation、Filtering(ハッシュタグで絞り込むなど)、Elevation、Mushup、Timelinesの5つとしています。ただし、この内AggregationとFilteringは厳密にはCurationではないと言い切っており、その理由はストーリー性がないから、ということのようです。その背景にはKelly氏自身の「Curationとはストーリーを作ること」という信念があるようです。また、「パーソナルキュレーション」という考え方には矛盾があると唱え、キュレーションは自己のためではなく他人のために行うものであると力説しています。Curationの実践例としては、Webサイトの事例で、The Accidental CuratorやScoop-itの紹介がありました。
最後に人材開発においてなぜCurationが重要かという観点では、Curationにより学習機会が与えられるだけでなく、育てる機会を与えることができるからと述べていましたが、これはRosenberg博士の考え方と一致していると考えられます。
実践フェーズに来ているVirtual Classroom
次に、秘かに(?)盛り上がっていたVirtual Classroom関連の話をしたいと思います。Virtual Classroom関連のセッションでは、Virtual Gurus社のDavid Smith氏とSolvay社の企業内大学の責任者であるBob Zimel氏の“Virtual Classroom Training: More Than Just Adding Technology”に参加いたしました。この中でBob Zimel氏は実際に自社でVirtual Classroomを導入した実施企業としての立場で、発生する課題にどのように対処したかなどの体験談を中心に語っていました。実際にSolvay社がVirtual Classroomを導入したことによる成果として、以下が紹介されています。
- ・集合研修の回数が10%削減された
- ・デジタル学習の導入率が50%になった
- ・出張費が30%削減されコストダウンにつながった
また、ツールとしてはAdobe Connectを利用しており、ユーザビリティや20名を5つのグループに分けて運営ができるなどの利点を考慮すると、現時点ではこれがベストである、と語っていました。また運営上のTipsとしては、以下の点が挙げられていました。
- ・受講者は基本的にWebカメラを使わずに音声だけで参加する
- ・ファシリテーターの映像は共有することが重要
- ・自己紹介はホワイトボードやチャットに書き込んでもらうのが効率的
- ・チャットは研修自体が活発化、活性化するので好ましい
実際の導入に関しては学習者の姿勢が重要で、特に「対面が重要という先入観を取り除く」ことが必要だが、ここが非常に難しいという話がありました。また、ツールや利用環境に馴染んでもらうためのオリエンテーションを徹底的にやることがとにかく大切と主張しています。特にITリテラシーの低い人への対策は万全に講じる必要があり、そのためのノウハウなども開示されていました。また、アジア地域を交えてVirtual Classroomを行うのは、言語の壁が大きな障害になって極めて難しいという話もありました。
日本でのVirtual Classroomの状況は、導入してみたいという声が一部では聞こえるものの、効果に対する疑念やITリテラシーの問題もあって、まだまだ導入には時間がかかる印象があります。しかし、諸々の課題を解決してきた生の経験談を聞くことにより、日本での実現への可能性を感じることができました。いずれにしても、海外での実施例は、すでにテスト導入段階を通り越して成果を上げるところまで来ており、日本とはかなり段階が異なることを知るいい機会となりました。
学習者の行動をトラッキングするxAPIのこれから
将来技術という観点では、今回のATD ICEにおいてもVR、AR、MR※4 やAIについてのセッションが少ないながらもありました。しかし、いずれも単なる技術の紹介であったり、ぼんやりとした感じの印象が否めませんでした。その中でxAPI※5 に関しては「おや?」と思わせるセッションがありましたので、ご紹介しておきます。
xAPIは、ガートナーが発表している “Hype Cycle for Education, 2016” において、VRやARよりもはるかに先の「実用まで10年以上かかる」とされる技術ですが、教育ビッグデータやラーニングアナリティクスなどを語るうえで、不可欠な標準規格でもあります。1月の「ATD TechKnowledge 2017」では、xAPIがカークパトリックの4段階評価モデルの最高位評価(Level 4)に寄与するだろう、というコンセプト的な発表がありましたが、特に具体例は示されませんでした。ところが今回のATD ICEでは、xAPIに関するほぼ唯一のセッションである “XAPI: Getting Internal Buy-in From Your Stakeholders” で、少し違う観点からxAPIについて解説していました。
今回のプレゼンテーションは、TorranceLearning社のCEOであるMegan Torrance氏とRISC社のPresidentであるArt Werkenthin氏の共同発表の形をとっていましたが、まず力説していたのは、SCORMには限界があること、そしてxAPIが経営者、IT部門、学習者、人材育成部門、ベンダーなどのそれぞれの立場にもたらすベネフィットの数々です。さらにxAPIへの移行は、日帰りハイキングくらい気軽にできるものだ、とその簡便性を主張していました。そして興味を引いたのは、学習者の行動データを蓄積する実施例として、BookmarkletとMobile Checklistという二つのツールの紹介があったのですが、これらを使うことによって、ごく自然に日々の学習行動データがLRS※6 に蓄積される工夫がされていました。まだ完成度は低いものの、こうした考え方のツールは、特にミレニアル以降の世代に馴染むことが予想され、xAPIの活用が一気に広がる可能性があります。今回のATD ICEの並みいるセッションの中でも、しっかりと未来を予見させるセッションの一つだったように思います。
その他、人気のあったセッションとしてはAdaptive Learning※7 に関するものがありました。今回開催されたいくつかのセッションでは、内容的にCurationやMicrolearningとかぶる点も多いのでここでは割愛しますが、中にはAdaptive LearningとAIの関係性を語るセッションなどもありました。Adaptive Learningは、ここ数年いわれているパーソナライズ化やLearner Centric(学習者中心主義)の考え方に完全に合致しており、確実にFuture of Learningのキーワードになるだろうと思います。
4日間の参加を通して感じることは、ラーニングテクノロジーに関してはさまざまなキーワードが飛び交っており、それぞれがバラバラのことを言っているようでいて、実は向かっている方向はひとつだということです。それはまさに学びは時と場所を選ばずに発生し、学びを通じて個々のパフォーマンスを向上させる、という点に集約されます。もちろん中には話題性だけで消えてしまうコンセプトもあるかもしれません。しかし、着実に人材育成、人材開発の領域にもIT化の波がさまざまな形で押し寄せているのは事実ですし、もはやそこから目を背けられない状況になっていることを、今こそ経営者も教育担当者も知っておかなければならないと思います。
<注>
- ※1 Neuroscience(ニューロサイエンス)
- 神経科学。脳の機能を解明し学習の最適化を図ることで、タレントマネジメントやパフォーマンスの向上、ラーニングデザインなどの改善に役立てていこうとする学問領域。脳の活動を支援することが企業活動の成果に結びつく、という文脈でATDでも2014年ごろからテーマ化されている。
- ※2 Oxytocin(オキシトシン)
- 脳内ホルモンの一種で、幸せホルモンとか愛情ホルモンと呼ばれることもある。今年の基調講演ではスタンフォード大学のKelly McGonigal博士(『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』などの著書で日本でもよく知られている)が、ストレスとホルモンの関係についてプレゼンテーションを行い、オキシトシンの効用を説明していた。
- ※3 Generation Z(ジェネレーションZ/Z世代)
- 1990年以降に生まれた世代のことを言う。スマートフォンやインターネットが普及した環境で成長し、サービスのスピードをより重視するといわれている。また、ハイテクを信頼し、消費性向が他の世代より高い傾向がある。アメリカではミレニアル世代(2000年以降に成人になる層で、Z世代よりもレンジが広い)よりもZ世代への関心が高まっている。
- ※4 VR、AR、MR
- VRは仮想現実(Virtual Reality)、ARは拡張現実(Augmented Reality)、MRは複合現実(Mixed Reality)のこと。
- ※5 xAPI
- Experience APIの略。米国 ADL(Advanced Distributed Learning:米国国防総省組織のひとつ)により策定・公開された学習履歴(経験)データを収集・記録するためのデータ仕様のオープン標準規格。
- ※6 LRS (Learning Record Store)
- xAPIによって集められたデータを蓄積するためのデータベース。さまざまなシステム間での相互運用が可能という特徴を有している。
- ※7 Adaptive Learning
- 個人個人に合わせて学習内容を提供すること、およびその仕組み。生徒対象の学習プログラムにおいては日本でも複数のサービスが立ち上がっているが、企業における人材育成分野では海外でもまだそれほど普及していない。ガートナーのHype Cycleでは実用化までの年数が2年から5年と推定されている。将来は学習ビッグデータとアナリティクスにより適合性を高めていくことになり、AIの利活用が基本となる。