-
金栗 雅実
サイコム・ブレインズ株式会社
ソリューションユニット マネジャー/シニアコンサルタント GLPプログラムマネジャー
サイコム・ブレインズの金栗です。私は現在、日本貿易振興機構(JETRO)で昨年発足した「新輸出大国コンソーシアム」において、「高度外国人材の採用・定着エキスパート」として、中小企業の経営者・人事の方を対象としたワークショップの講師や、個別相談といった支援活動に関わっています。その活動を通してお会いした多くの方からは、
「せっかく採用した外国人社員がすぐに辞めてしまう」「彼らが何をモチベーションにしているのか分からない」
…といったお悩みの声をお聞きします。
日本企業が優秀な外国人社員を採用し定着してもらうためには、どのようなことが必要なのでしょうか。このコラムでは、私がこの活動の中で感じたことを交えながら、上記のような悩みをどのように解決したらよいか、考えてみたいと思います。
ますます重要となる「異文化マネジメント」
厚生労働省が平成20年から毎年発表している「外国人雇用状況の届出状況」によると、平成28年10月末の時点で、日本にいる外国人労働者は約108万人。ちなみに昨年の同時期(約91万人)と比べて19.4%増加しています。また平成20年の時点では約49万人だったことを考えると、外国人労働者がいかに急速に増加しているかが分かります。
ここ数年、イギリスのEU離脱、アメリカのトランプ新大統領が提言する政策など、グローバル化に対する反動ともいえる風潮が世界各国で見られます。しかし、少子高齢化が進み、労働人口の減少が問題となっている日本においては、高いパフォーマンスを発揮できる外国人社員を採用し定着させることが、課題としてますます顕在化してくることでしょう。そのような中、外国人社員が持つ日本人とは異なった考え方・価値観から生じる問題を解決する「異文化マネジメント」が、今まで以上に重要となっています。
「ホフステードの6Dモデル」とは?
この「異文化マネジメント」を実践するにあたって、非常に有益なツールがあります。それが「ホフステードの6Dモデル」です。
このツールは、オランダの経営学者・社会人類学者ヘールト・ホフステード氏が提唱したものです。1970年代、IBMの人事部長であったホフステード氏は、同社の世界72か国・約11万6000人を対象に調査を行い、国別の文化的価値観を以下の6つの指標で捉え、それぞれの指標を1~100で数値化しました。
- ① 権力格差に敏感かどうか
- ② 集団主義か個人主義か
- ③ 達成、極める、秀でることを重んじる「男性的文化」か、生活の質や弱い者への同情を重んじる「女性的文化」か
- ④ 不確実性の回避傾向が高いかどうか
- ⑤ 規範主義(短期志向)か実用主義(長期志向)か
- ⑥ 本能に対して抑制的か享楽的か
私たちの外国人に対する見方というのは、自分が実際に関わることで経験した主観的な考え方や、外部から得た不確かな情報に影響されがちです。一方、この6Dモデルでは、国別の価値観を数値化することで、自国と他国、あるいは他国どうしの比較を客観的に行うことができます。
実際、私が関わっているワークショップや個別相談では、「6Dモデルが示す数値をベースにして、外国人社員の考え方や行動を客観的に理解してみましょう。そのうえでコミュニケーションを改善してみましょう」とご提案しています。
「欧米では…」という括りでは、文化の違いを理解できない
ワークショップや個別相談では、「欧米では○○○な考え方をすると思うんです。でも日本人は□□□で…」というご意見をお聞きします。
私たち日本人は、アメリカ、ドイツ、オーストラリアなど、これらの国の文化は基本的に似ているという認識のもと、「欧米」という言葉で一緒くたに捉えることがあります。しかし、6Dモデルで欧米各国の価値観を数値で比較すると、指標によってはむしろ真逆の価値観を持っている場合もあります。
例えばドイツとフランス。「権力格差に敏感かどうか」という指標では、ドイツが36に対して、フランスが68。お隣どうしの国ですが、かなり違いがあります。ドイツ人は権力の格差をあまり気にせず、フラットな組織であることが機能的でよいと捉える傾向があるのに対し、フランス人はより権威主義的で、上司として、部下として期待されるふるまいがよりはっきりしています。
また、アメリカとデンマークを「男性的文化/女性的文化」の指標で比べると、アメリカが62に対してデンマークは16。いわゆるアメリカで広く受け入れられる成果・達成主義の傾向は、デンマークのような国では逆に受け入れられにくい傾向があります。
このように「欧米」と一口にいっても、6Dモデルが示す数字が明らかにしているように、国ごとの価値観は様々です。普段の仕事において「欧米系」「アジア系」「ラテン系」「アフリカ系」など、ざっくりとした枠組みで接しても上手くいかないのは当然ですよね。だからこそ、それぞれの国の価値観を理解したうえで、コミュニケーションをとることが非常に重要なのです。
日本人は、本当に権威主義・集団主義なのか?
では、今度は日本人の価値観を6Dモデルにもとづいて理解してみましょう。
「権力格差に敏感化か」という指標において、日本の数値は54、「集団主義か個人主義か」では46です。数値化は1~100の間でなされるので、どちらも真ん中付近です。この数字、ちょっと意外に感じませんか?「日本人って、もっと権威に対して弱いんじゃないの?」「個人主義を嫌うから、もっと集団主義の数値が高いのでは?」と思われた方も多いのではないでしょうか。
確かに「多くの方がそう感じている」というのは事実だと思いますが、問題は「それがどの程度で、誰と比較しているのか」ということを考えなければ、日本人のことを客観的に理解することはできない、ということです。
例えば、「フラットな組織を好み、個人を重んじるドイツ人やアメリカ人」から見ると、「日本人は階層主義で集団を重んじる」と思われることが多いかもしれません。またアジアのほとんどの国の人は「無礼講といって、上司と一緒にワイワイ・ガヤガヤと楽しくお酒を飲むなんて、自分たちの文化では考えられない」と思うでしょう。つまり、「日本の文化がどうであるか」というのは、他の様々な国と比較して初めて見えてくるものなのです。
誰しもが「国民文化」の影響を受けている
ここまで述べてきたようなことを含め、JETROのワークショップでは事例をたくさんご紹介していますが、毎回必ずといっていいほど、このようなご意見をいただきます。
「人には個性というものがある。個性を無視して人を国単位の文化で捉えるのは、そもそも間違いではないのか?」
確かにこのご意見は正論だと思います。「十人十色」という言葉がありますが、日本人が10人いたら、その10人一人ひとりの価値観が同じということはあり得ないと思います。ただ、我々は組織や集団の中で行動する際、「自分の行動が正しいか、間違っているか」「周りに受け入れてもらえるか、そうでないか」ということを必ず意識すると思います。そのような意識の背景にある、国という集合体としての歴史、地理的環境、言語など、あらゆる要素で形成された価値観こそが「国民文化」なのです。
たとえば何かの待ち合わせに向かう場合、日本人であれば、ほとんどの人が遅れないように数分前に到着するように心がけると思います。これは、数分でも遅れるということがその社会の中で「悪いこと」であるという価値観があって、その価値観を受け入れているからです。反対に、待ち合わせの時間にいつも5分遅れてくる人に対して、ほとんどの日本人は腹が立つと思います。しかし、ある国では5分くらい遅れても、それは「何でもないこと」と捉えられる場合があります。私たちが影響を受けている、この「国民文化」という概念を理解できれば、外国人社員と良好な人間関係を築く手がかりを持つことができます。
最終的には目の前の個人に目を向けよう
「国民文化」を正しく理解し、それに沿ってコミュニケーションスタイルを変えれば、すべてがうまくいくのかというと、必ずしもそうではありません。私はワークショップや個別相談の場の最後に、必ず次のような言葉添えをしています。
「6Dモデルは、理解することが難しい外国人の感情の出どころや、モチベーションのよりどころを理解するうえで、非常に有効なツールです。ただし100%は信じないでください。70%信じて、30%は疑ってください。」
先に述べた通り、我々は国民文化の影響を必ず受けています。6Dモデルが客観的で信頼できるツールであることは確かですが、個人の価値観というものは複雑で、その時々の考え方、目標、周囲の環境によって変化します。6Dモデルを活用した異文化マネジメントは、あくまで外国人社員と良好な関係を構築するためのベースであって、そのうえで個々人がもつ価値観と根気よく向き合うことが求められているのだと思います。
JETROのワークショップは、今後も日本各地で開催を予定しています。外国人社員が能力を発揮して活躍できる職場にするための第一歩として、是非ともお近くの開催地まで足を運んでみてください。
- 新輸出大国コンソーシアム事業「中堅・中小企業等の海外展開における高度外国人材の活用」ワークショップ:ベトナム、米国を中心に
- 日程:2017年4月19日(水)/会場:ジェトロ本部(港区赤坂1-12-32アーク森ビル)/無料