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宮川 由紀子
サイコム・ブレインズ株式会社
シニアコンサルタント
社会構造の変化を受けて組織を変革する。テクノロジーの進化によって個々人の働き方や学び方が変化する。人材が多様化して、リーダーのあるべき姿が変化する。昨今日本企業が取り組む「働き方改革」は、単に生産性の問題にとどまらず、まさにこれらの変化に組織としてどう対峙するか、という問題を投げかけています。2018年12月、台湾で開催されたATD 2018 Asia Pacific Conference & Expositionで日本企業から唯一スピーカーとして登壇した電通国際情報サービスの今村優之氏に、「チェンジマネジメントとしての働き方改革」への取り組みと、そこから得た様々な知見をお伺いします。
あなたにとって生産性・多様性とは?――解像度の高い言葉で伝える
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自社の働き方改革に向けた様々な議論を経て、「生産性向上とダイバーシティ推進の両立にチャレンジしよう」という方向性を定めることができた。そのチャレンジを進めるにあたって用いたのが、HPIの手法だったんですね。具体的にはどのようなことをされたのでしょうか?
HPI (Human Performance Improvement)
成果を高めるために、ただ研修を行うという発想ではなく、成果の成り立ちを明確にし、組織の資源を適切に組み合わせて、介入策を提案・実行し、ソリューションに導いていくためのプロセス。ATDでは、人材育成の全体像を捉え企画を検討していくプロセスとしてHPIを推奨している。(参考:『HPIの基本~業績向上に貢献する人材開発のためのヒューマン・パフォーマンス・インプルーブメント~』<ジョー・ウィルモア著・中原孝子訳/ヒューマンバリュー2011年>)
- HPIの特徴的なところは、まずはビジネスのゴールを定義して、ゴールを達成するために必要なパフォーマンスと現状のパフォーマンスのギャップを分析して、「何が問題なのか?」「この結果を導き出したかったらどのツボを押せばよいのか?」ということを、仮説ではなく「事実」として捉える、ということです。最初に仮説はあってもよいのですが、あくまで事実を捉えて、それによってどうするのかを考えます。そのために、我々はまず全社サーベイを行いました。
- サーベイによって、どのような「事実」が分かったのでしょうか?
- 生産性の向上や多様性の尊重といったときに、その中の要素として、社員のエンゲージメントやモチベーションを高めることが最低限必要だろうと考えました。また一つの仮説として、「ファシリティーをよくしよう」「きれいなオフィスにしよう」「ITツールのイケてるやつを導入しよう」といった声が結構強かったので、そういった環境をちゃんと整えることで、社員のエンゲージメントが高まるのではと考えていました。しかし、実際にサーベイをして分析してみると、環境の整備は良い状況を作る一つの要素ではあったのですが、それよりも重要なのは、「上司やトップマネジメントの人たちの、働き方改革に取り組む意識や働きかけ」である、ということが分かりました。
- このサーベイの結果を受けて、「ワークスタイルイノベーション室(WSI)」という新しい組織ができました。会社として働き方改革というテーマのステータスを上げる、会社が本気で取り組む、ということを見せたわけです。また各事業部からWSIの推進役として、兼務のメンバーをアサインしてもらいました。
- サーベイと分析によって「上司やマネジメントの意識や働きかけ」が押すべきツボだと分かった。そこからどのようなパフォーマンスが必要なのかを定義するわけですね。
- 実際には具体的な定義はまだできていなくて、上司やマネジメントの意識をしっかり高めていく取り組みを職場単位で広げよう、ということになりました。たとえば、2015年に「ワークライフバランス」を掲げて行った改善活動は、比較的規模が小さいものでしたが、その後ある事業部長が「事業部全体でやりたい」と言ってくれて。300人いる事業部全体といっても、チームごとで課題感が違うので、たとえば「残業時間」にフォーカスするチームもあれば、「アウトプットをもっとよくしたい」とか、「そもそもコミュニケーションが問題だ」というチームもあります。そのような活動を推進しながら、その後も定期的にサーベイをしているのですが、「働きやすさ」「成長実感」「チームの関係性の質」といった色々な項目の数値が良くなっていきました。
- 事業部のトップに問題意識の高い方いると施策も進めやすいと思いますが、必ずしもそういう方ばかりではないと思います。
- そうですね。働き方改革に対しては、人によって温度差があります。必ずしも「新しいこと=いいこと」というわけでもないので。「余計なことをしないでくれ」みたいにあからさまにネガティブなことを言う人はそれほど多くはないですが、サーベイを取ってみるとやはりそういう声も出てきます。講師を招いてセミナーを開いたり、少しずつ温度感を上げていきましたね。また働き方改革という言葉自体の捉え方も、100人いたら100通りあります。会社にとって、チームにとって、個人にとってどんな意味があるのか、しっかり言葉を定義して、なるべく解像度を高めて伝えていくことが大事だなというのはひしひしと感じます。
- 「解像度を高めて伝える」とういう表現は、とても分かりやすいですね。
- たとえば「ダイバーシティの尊重」でイメージすることって、女性、外国人、世代といった、属性に関することが多いじゃないですか。でも、自分に置き換えたときに大事なことは、「自分の中の多様性」なんだと思います。自分を高めるためにいろいろな経験をするとか、いろいろな場に出て行くとか。「生産性の向上」だったら、経営から見ると労働生産性かもしれませんが、個人から見たらそれは作業効率かもしれない。要は主語を誰にするのかですよね。