- 宮下 洋子サイコム・ブレインズ株式会社
マネジャー/シニアコンサルタント
DX人材に必要な知識やスキルについて、技術者はともかく、経営幹部にフォーカスが置かれていない状況に危機感
去る2021年7月29日、サイコム・ブレインズでは「経営幹部&候補者のためのDXリテラシーと構想力の強化~攻めの事業成長をプランニングするための研修プログラムとは?~」をテーマとしたオンラインセミナーを開催しました。今回のセミナーでは、昨年開催した「DX人材の解像度を上げる」がテーマのセミナーでお伝えした「求められる人材要件(知識/スキル、経験)整理」の次の段階として、「知識スキルの優先順位づけと育成施策の策定」にフォーカスしました。
技術者はともかく、「変革」と「デジタル技術」の両方を分かっている“エバンジェリスト”たる人材を外部採用することが難しい中においては、スピード感あるDX人材を社内で育成することが企業成長の鍵といえます。しかし育成の現場では「DX人材に必要なスキルが多すぎてどこから手をつけたらよいか分からない」という声をいまだによくお聞きします。それだけならまだしも、最低限の施策でとりあえず良しとしてしまっている企業が少なからずあるようにお見受けし、こうした状況に危機感を感じ、電通時代から国内外の先端テクノロジーを活用した事業開発を行ってこられた宮林隆吉氏のお力添えをいただき、今回のセミナーを開催した次第です。
「自社のDX成功において最も重要かつ深刻な課題」について現職幹部の参加者に聞いてみた
当日のセミナー冒頭ではまず私のほうから、現状多くの企業がとられているDX人材育成施策に触れ、なぜそれだけでは不十分と考えているのか、実際に幹部および幹部候補がDX構想に取り組んだ時に見られる傾向を引き合いにしながらお伝えしました。
なぜ、DX人材育成となると、現場での実効性あるいは中長期の展望がない「絵に描いた餅」のような施策に陥りがちなのか。
宮林氏は、DXの取り組みにおいては短期的に取り組むべきことと長期的に取り組むべきことが同列に語られがちで、まず現状ギャップが明らかでかつ実行しやすい「デジタル・テクノロジーへの基本理解」が優先されがちなことや、企業のステークホルダーたちのデジタルへの苦手意識から「デジタル化を通じて達成できること」を過大評価してしまっていることなどが背景にあるのではと指摘します。
もちろん、デジタル技術や世の中のDX事例の基本を押さえておくのは有用ですが、それはいわば最低限の“共通言語”を知っている状態です。「事業や組織の“変革”にデジタルを活用できる」人材を自社で創るには、基礎知識を習得した後の施策こそが肝となります。「最も優先順位を上げて実施するべきはどの対象層に対するどのような育成で、それはなぜなのか」、これをお伝えするために、本セミナーでは「DX成功において最も重要な課題」を10個の選択肢に絞って参加者に提示し、参加者には「自社で特に重要かつ深刻な課題と思うものを、上記3つまで」回答いただきました。事業部幹部層の方が多かった本セミナー、参加者34名の回答結果は下記の通りです。
課題感1位はデジタル知識不足。環境変化への危機感は低め?
「デジタル・テクノロジーへの理解不足」が想像通り突出しており、次いで「人材の欠如」、そして「ITインフラの欠如」「デジタルと従来のオペレーション体制との対立」が並んでいます。宮林氏は、デジタルやテクノロジーに対する理解が社内において乏しく、マネジメント層も「何が経営課題なのかを明確に設定することも困難な状況にある」あるいは「ある程度課題は明確だが解決に向けてプロジェクトを推進できる現場責任者がいない」企業が多いことがうかがえること、また、これが「適切な人材を外部から連れてくる、ないし外注しながらプロジェクトを組成するしかない」という流れを生んでいることを指摘しました。また、「従来のオペレーションとの対立」については、新しいテクノロジーを導入したいのに、「そもそも運用ルールを含めた社内インフラが整っていない」「既存オペレーションに慣れた現場が面倒くさがって良い顔をしない」もしくは「アレルギー反応を示して協力してくれない」ということが起きている可能性が高いこと、そうした観点からみると、DX推進の難所は、実はテクノロジーへの理解不足というよりは、現場の「人間関係」を壊したくないというウェットでアナログな部分かもしれないことを指摘されました。
一方、宮林氏が首をひねられていたのは、上位にこの項目が入ってくるだろうと予想されていた「変化する顧客への対応」が最下位だったことです。DXは、「デジタル化」と大きく異なり、デジタルを用いた事業・組織の「変革」を指します。当然ながら、変革の必要性がDX推進の動機となるわけであり、社長クラスのDX推進についてのお話しからはいずれも、デジタル技術を「攻め」活用する企業の登場による環境・特に顧客の変化に、非常に強い危機感を感じていることがうかがえます。例えば、ITベンダーが業界参入して全く新たな顧客経験を提供し初め、従来の事業成功の鍵・競合優位性がひっくりかえりつつある状況や、以前は「売ったら終わり」だったメーカーの事業が“コト”から“モノ”化し、商品を顧客が使用し始めた状況から得たデータをもとにアップデートし続けるサービス提供へと転換する中で、企業間でその力に圧倒的差異が生まれ始めているといった状況が挙げられます。
宮林氏は、「顧客のために行動することはハレーションを起こしやすい組織内部を動かす最もリーズナブルなアプローチ」だと指摘、例えばテクノロジーに精通していなくてもDX推進を可能にしている経営リーダーは、「それって結局お客さんのためになるんだっけ?」とシンプルに技術者に問い続け、社内外関係者の動員に成功していることに触れられました。最後に氏が、「このDXという企業変革にとって重要なことは、DXが最終的に顧客にどういった便益を提供してくれるのか?という疑問に全てのステークホルダーがシンプルに答えられる状態が作れているのかが、DXの成否を分けるのではないか」と述べられたのが印象的でした。
デジタルの持つ圧倒的なソリューションで組織を勝たせるか、負けに甘んじるか。今が、リーダーにとっての分かれ目
続いて宮林氏は、「成功と失敗を分ける、人材・組織の特徴」として、適応力・ビジョン・学習する組織文化を挙げ、その理由として、事業において予測できない未来の領域が広がっていること、顧客の変化は非常に早く、顧客を見ず現在の競争相手だけを見ながら戦うと負けることになること、できるだけ早く市場に製品(プロトタイプ)を投入し顧客データを得て「学習・アップデートし続けること」が製品競争力となることを説明されました。
こうした高い適応力とビジョン構想力を持ち、学習し続ける組織文化を創るために、我々が最優先の育成施策としてご紹介したのは、「幹部候補層」向けの、デジタル技術を活用した変革構想・推進を行うための最低限の要点をカバーした、以下のプログラムです。
「事業/組織の変革スキルを強化させたい」という研修依頼は「部長クラス」を対象としたものが多く、最近は特にトップダウンによる最優先での施策実施が決まっている様子を複数の企業でお見受けします。しかしながら、「特定のファンクションの経験しかない」「既存の製品サービスでの経験は豊富だが事業開発や変革経験がない」といった部長層の場合は特に、これから変化へのアンテナを立てさせ画期的なアイデアを構想させようとしても限界があるのが事実です。誰も答えが分からない未来について先見性をもって構想できる力とは、結局のところ、それまでに得た“インプット”の「幅と深さ」がもたらす「面白い・画期的な仮説を導き出せる力」です。新しい領域(とくにユーザー周り)にアンテナを張り、得た情報どうしを掛け合わせて誰も答えを知らないことに仮説を複数立てる、さらに情報を追加して仮説を検証・確度を上げていく。これがいわゆる、VUCAの時代に「圧倒的に勝つ」「顧客に大きく応える」画期的アイデアを構想できる思考能力といえ、このことになるべく若手の内に気付いて「練習・訓練」をスタートして習熟させられるかが、大きな鍵となるのです。
以上のように本セミナーではDX推進にあたっては目先のギャップ(組織内のデジタルリテラシー欠如)への対応だけでなく、「デジタルを用いた企業変革」を完遂させるためのビジョンや課題認識、急激な環境(とくに顧客)変化へ対応する短~長期アクションを構想できる「経営幹部の早期育成」が特に重要であることをお伝えしました。デジタル技術という爆発的なソリューションを活かせる組織へと変貌できるか、この分かれ目の時代に、自社を圧倒的に勝たせることのできるアイデアを構想し、目的やメリットを語って全社を巻き込めるリーダーは一朝一夕では出てこないかもしれません。しかし、そうしたリーダーを創出する仕組み・文化を社内に作り上げることができれば、中長期的に見て、圧倒的な競合優位性となるでしょう。
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宮下 洋子Yoko Miyashitaサイコム・ブレインズ株式会社
マネジャー/シニアコンサルタント同志社⼤学⽂学部卒業。TiasNimbas Business School(オランダ)MBA。旅行代理店、株式会社リクルートを経て、オランダのビジネススクールへ。在学中にHRに興味を持ち、卒業後の2012年、サイコム・ブレインズ入社。クライアント企業の国内外における幹部育成研修、イノベーション人材育成研修などを担当する。近年はDXや組織変革といった難度の高い施策に対し、胆力を持ってやり抜くことができるリーダーの育成を目的としたプログラムの開発に注力している。 兵庫県神戸市出身。趣味は舞台鑑賞。
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