• HOME
  • オピニオンズ
  • すでにグローバルなMARS社が、なぜ「異文化」の問題に取り組んだのか?

レポート

2020.02.04

すでにグローバルなMARS社が、なぜ「異文化」の問題に取り組んだのか? ―The Culture Factor 2019 Conference レポート②

  • b! はてぶ
福永 美保 Miho Fukunaga
福永 美保 サイコム・ブレインズ株式会社
コンサルタント

MARSが社内外で発見した「文化の問題」

今回は私が参加したセッションの中から、アメリカの大手食品会社MARS社による「Building a cross-cultural mindset in International Teams」をレポートしたいと思います。

MARS社はアメリカの大手食品会社で、チョコレート菓子の「スニッカーズ」「M&M’s」、ペットフードの「ペディグリー」「カルカン」など、日本でもお馴染みの様々なブランドによる商品を展開しています。非上場ながら売上高は年間370億ドル、従業員は11万5千人、世界80の国と地域でビジネスを行う大企業です。

スピーカーのBas Bredenoord氏は、MARS社が4年前に立ち上げた国際トラベルリテール部門(各国の空港の免税店や飛行機の機内販売など、旅行者を対象とした小売事業)のHR Directorです。MARS社は800の国際空港に5,000もの店舗を持っていて、この部門の事業はまさにグローバルなビジネスといえいます。しかし、部門の立ち上げ時から、各国でのスタッフ採用や法律上のリスクなど、様々な要素を検討・準備したものの、このカンファレンスの主題である「文化がビジネスについて与える影響」については考慮していなかったそうです。部門の立ち上げから2年が過ぎたころ、ビジネスは成功しているものの、「より飛躍的な成功のために何が必要か?」と考える中で顕在化したのが、「文化の問題」でした。国際トラベルリテール部門における文化の問題とはどのようなものだったのでしょうか。Bredenoor氏は次のように説明します。

  • 顧客との文化の違いをマネジメントできていない

    たとえば、MARSのオランダ人のスタッフがドイツ人の顧客に対し、ソリューションを改良したいと持ち掛けたが、顧客がミーティングをキャンセルする等、様々な事象が発生していた。(ドイツ人は「不確実性の回避度」がオランダ人より高いため、自分達だけで解決するのではなく、専門家が必要と判断したと考えられる。)

  • 社内の多様性を活用できていない

    国際トラベルリテール部門の60人のスタッフの国籍は18か国、25の言語を話し、文化や言葉のギャップが大きく、お互いを理解できず、人事考課やキャリア面談が非常に困難だった。

  • 組織文化が内向きである

    Hofstede Insightsの組織文化診断により、オープンな組織で団結力はあるが、反面内向きであり、顧客の声に驚くほど耳を傾けていなかったことが分かった。

MRAS社の組織文化診断の結果

ビジネスにおける文化の影響力に気づいた国際トラベルリテール部門では、2018年の初めにアムステルダムで部門の社員全員に対して異文化理解の研修とオンラインアセスメントのCulture Compassを実施します。そして次の段階として「Cultural Ambassador Program」というプロジェクトを立ち上げました。これは10人の専任のメンバーによるプロジェクトであり、文化の問題を他の従業員と協働して解決し、ビジネスにおけるCQ(文化的知性:Cultural Intelligence)を向上させることを目的とするものです。実際の取り組みとしては、「多様なメンバーによる効果的なミーティングの運営」「上司によるフィードバック/部下による受け取り方」「上位20社の顧客との効果的なコラボレーション」といったトピックに関する様々な研修の実施、従業員に対するコンサルティング活動、社内広報などを展開しています。

Bredenoord氏は、一連の取り組みを振り返り、「文化というものがあまりに新しい視点であったため、我々はプログラムについて最初は非常に困惑し、懐疑的な段階があった。この新しい視点を理解するのに精いっぱいで、学んだスキルや知識を顧客とのコミュニケーションに適用するのを忘れることもあった。しかし、セールスマネジャーのひとりが顧客に対してこれまでと違うアプローチをやりはじめて、“はっきりとは説明できないが、競争優位を得た何かがあった”と言ってくれて、実際に日常のビジネスに適用してはじめて進歩を感じることができた」と述べています。

また社内広報については、プログラムの進捗に関して定期的に発信することで、国際トラベルリテール事業部の60人だけではなく、MARS社全体として文化の問題、多様性に対する理解の度合いが向上し、「グローバルビジネスのやり方が学べるから、国際トラベルリテール部門で働きたい」という人も出てきたそうです。

MARS社のように文化に関する問題を専門に扱うプログラムを立ち上げるというのは、グローバル企業でも珍しいのではないかと思います。最初はある部門のビジネス上の課題、特に顧客とのコミュニケーション課題の解決のために始めたものが、社内に、そして全社に影響を与え、エンプロイヤー・ブランディングにつながるような効果を発揮しています。MARS社のこの取り組みは3年目になるところ。この先MARS社が更に多様性をどう活かしていくのか、今後の動向が楽しみです。

文化的多様性はうまく活かせば大きな強みになる。MARS社の事例はそれを証明しています。とはいえ、それは一朝一夕に成し遂げることができたわけではなく、文化がビジネスに与えるインパクトの大きさを信じ、社内外の課題に粘り強く取り組んできたからこそ、2年をかけてやっと実感できるようになってきたわけです。そしてその取り組みにおいては、ホフステードの6次元モデル、組織文化診断、Culture Compassといったツールは不可欠なものでした。カンファレンスにおけるレクチャーやディスカッションも非常に刺激的でしたが、サイコム・ブレインズとして提供しているソリューションが、グローバルなビジネスに実際に貢献しているという実例を聞けることは、何よりの励みになりました。これからさらに研鑽を積んで、ビジネスにおける文化の問題を抱える方々のお役に立ちたい、という気持ちを新たにしました。

夜のルクセンブルク中央駅。
ライトアップされ闇に浮かぶ姿がきれいでした。
  • Miho Fukunaga

    福永 美保 Miho Fukunaga サイコム・ブレインズ株式会社
    コンサルタント

    上智大学ドイツ文学部卒業後、JETROにて国際交流事業を担当。その中で文化がコミュニケーションに与える影響の大きさを目の当たりにする。幼少時をバングラデシュで過ごしたことから、元々文化の違いに興味があり、学生時代より35か国以上を訪れて現地の人々と交流をしてきた経験を持つ。その経験からも、長期的な真の国際交流やビジネスには相互の異文化理解が不可欠と考え、まずは自らを異文化の環境に置くため米国に留学。異文化関係学分野にて修士号を取得した。帰国後は、外資系異文化コンサルティング会社の立ち上げに携わったのちビジネスコーチング会社勤務、総合病院の職員の人材育成と国際化担当を経て当社へ入社。現在は異文化マネジメント、ビジネス英語トレーニング、ダイバーシティ推進プログラム、管理職研修等の分野のプログラムの企画や異文化研修のコンテンツ開発等に携わっている。ホフステード・インサイツ異文化マネジメントプログラム ファシリテーター認定コース修了。

  • 福永 美保によるコラム/対談記事 一覧はこちら

RELATED ARTICLES